その名も「E-ディフェンス」。
巨大な震動台の上に実物同様の構造物を載せて地震動を与え、壊れる過程をリアルに再現できる施設なんです。ハウスメーカーのCMで建物ごと揺らして「地震に強い家!」とアピールしているまさにあの実験ですね。震動台として世界最大かつ最高性能の設備なのだとか。
実験は、どのように行われているのでしょうか? また、この分野の研究者になるにはどんな勉強をしておいたらよいのでしょうか? 国立研究開発法人防災科学技術研究所の兵庫耐震工学研究センターのセンター長、梶原浩一さんにお話を伺いました。
E-ディフェンスはここがスゴイ①─水平と垂直、両方の揺れを再現できる世界唯一・最大の震動台
——本日はE-ディフェンスと、実験の裏側に迫っていきたいと思います。まずE-ディフェンスは世界最大の実験施設と伺っています。
E-ディフェンスの正式名称は、実大三次元震動破壊実験施設といいます。簡単にいうと地震の揺れを再現できる大きな震動台です。20m×15mの大きさの震動台があり、ここに重さ1200tまでの試験体、つまり構造物を乗せて地震動を与えます。
——人間だと地震体験車がありますが、それの建物版という感じでしょうか?
そうです。実物大というか、まさに本物のビルや住宅を震動台の上に作ります。そこに地震動を与え、どのように壊れるのか、また構造や部材はどんな影響を受けるのかといったことを調べていくんです。1995年の兵庫県南部地震による阪神・淡路大震災では、高速道路の倒壊や建物の中間層崩壊、住宅倒壊もたくさん起こりましたが、そうした破壊はなぜ起こるのか、そのメカニズムを研究しようということで誕生しました。
——どれくらいの大きさの建物までを実験できるのですか?
最大で6階建ての中規模マンション、スリムなものなら10階ぐらいまでいけますね。住宅なら2棟建てることができます。こういう震動台は世界各地にあり、アメリカのサンディエゴには重さ2,000tまで載せられる、もっと大きなものもありますが、水平方向にしか揺れを与えられません。E-ディフェンスは水平2方向と垂直、両方の地震動を再現でき、加振力や水平方向変位はこちらの方が大きいです。例えば、水平方向にプラスマイナス1mの幅で地震動が再現できます。今のところ規模的にも機械的なメカニズムでも、世界最大といって間違いありません。実物と同じ大きさの構造物が壊れていく過程を調べる唯一無二の設備といえます。
——横揺れも縦揺れも再現できるのですね!
阪神・淡路大震災で計測された強力な地震動はもちろん、その後も装置のスペックアップを続けています。熊本地震や東日本大震災で計測された地震動など、日本で観測された地震動はほぼ同じ強さが再現できますし、将来起こりうるとされている、非常にゆっくりとした長周期の地震動についても対応ができるように研究を進めています。
E-ディフェンスのここがスゴイ②─ひとつの実験に1年以上! 大規模プロジェクトの裏側
——実験が具体的にどうやって行われているのか、知りたいです!
プロジェクトには、私たち自身が国の予算で行うもの、地方自治体や大学などとの共同実験、民間の住宅メーカーなどに施設を貸し出して私たち研究員がそれを支援しながら行う施設貸与実験の3パターンがあります。主体になる機関やプロジェクトの具体内容によって進め方はそれぞれですが、おおまかな流れをご紹介しますね。
▼E-ディフェンス5つのステップ─プロジェクトの流れ
STEP1 研究課題の明確化
まずはプロジェクトで何を調べるかを決めます。例えば構造設計上の柱や梁の接合部について調べるとか、建物にセンサーを取り付けてデータを収集する、センシング技術の研究をするとか、実験の目的は様々です。非構造部材や什器の挙動の調査、設計の現行基準の調査、あるいは高度化している現代の設計技術について調べるなど、まずは行う実験のテーマを決めます。
STEP2 対象構造物と実験手法の検討
テーマが決まれば対象となる構造物=試験体の検討に入ります。鉄筋コンクリートがいいのか、木造の中低層の住宅を作るのか、鉄筋だとしたら何階建てなのかといったことを決めます。そして有識者として各界の研究者を交えた委員会を立ち上げ、専門家の方々によるグループを構築し、グループごとに議論を重ねて実験の計画を立てます。
STEP3 試験体の製作
その後、試験体の設計と建築を行います。さまざまな実験が並行して動いていくため、安全管理、研究推進といった担当の人たちが加わってそれを支えていきます。当センターの研究員をはじめ、建築会社など多くの人たちが協力してプロジェクトを進行します。
STEP4 実験の計画と装置の実装
試験体にどんな加振波をどのレベルで与えるか、またどんなセンサーをつけ、どんな動きを計測するかの計画を立てます。一般的には加速度計をベースにしますが、レーザー変位計を使って天井と床のずれなど、層間変形を見るセンサー計画も多いですね。センサーだけでも800チャンネルとか900チャンネルあるので、実装はかなり大変な作業です。実験のために必要な機器を全て設置し、正常に動くかどうかをチェックして、いよいよ実験開始となります。
STEP5 実験、解体
加振実験を数日間かけて行い、加振後は構造や居室内、設備・什器にどのような変化が起きているか、調査を行います。実験終了後は構造物を解体してプロジェクトが終了します。その後、実験で得られたデータは関係者がシェアして解析を行い、それぞれが論文や報告書で発表します。
——実際に建物を立てて行うだけに、本当に大掛かりですね。
計画を含めたプロジェクト全体では、長いものだと2、3年かかるものもあります。と同時に、E-ディフェンスでは多い年には年間10件、平均でも年間6、7件の実験が行われています。2005年の開所から今まで、累計100以上の研究課題に対する実験が行われました。それだけ必要とされている施設だといえますね。
E-ディフェンスはここがスゴイ③─構造や土木、機械制御などさまざまなプロフェッショナルが活躍
——どういった方々がこの研究センターで働いているのでしょうか。
専門分野でいうと、建築の構造や土木関連を学んだ人、そして震動台の扱いでは機械系の研究員もいます。建物の材料も重要なので材料系の研究者もいますね。数理解析も必要です。さらにつくばの防災科研には地震の専門家、地盤や火山、また社会学など、多様な研究者がいて、皆が一体となってひとつのプロジェクトを進めてます。
——梶原センター長のご専門は何でしょうか?
大学は修士課程で構造の研究をし、建築設備関連の会社に就職しました。研究所に配属され機械系の研究することになり、大学に出向して機械制御で博士号を取りました。徹夜で博士論文を書いていた明け方に阪神・淡路大震災が起こったことを今でも鮮明に覚えています。震災を受けてE-ディフェンスの建設が決まった時、その立ち上げメンバーとして指導教官から声を掛けいただきましたが、なにか縁のようなものを感じましたね。防災科研では民間出身の方もたくさん活躍されています。
——様々な分野の専門家が、いろいろな観点から実験に取り組んでいらっしゃるんですね。
みんなそれぞれ自分の研究課題を持っています。プロジェクトの本流は非常に大きい目的があり、まずはそれを成し遂げる必要があります。しかしその中で自分なりの実験を組み込んで独自の研究を深めたり、新しいものへの挑戦をする余地があるんです。大きいプロジェクトの要所要所にそういったマニアックな実験・計測ができるいろんな可能性が詰まっています。私もプロジェクトの合間を縫って自分でプログラムを書いたり、若い人と一緒にちょっとしたテーマを組み込んだりして研究者としての知的好奇心を満たしています。
——せっかく本物の構造物を建造するので、色々なことを試したいですよね。
ハウスメーカーさんからは、マンションのドアの強度を調べたいとか、耐震補強した壁を評価したい、配管がどのくらい耐えられるのか、または破損の状態を調べたいなどいろいろなリクエストがありますね。外部の先生もスプリンクラーを試験体に取り付けてみたいとか、無線のセンサーを設置して自分の研究用のデータを取りたいとか、いろんな試験項目が出されます。ひとつの試験体に本当にたくさんの実験や評価のための部材が詰め込まれ、耐震性向上に関わる多様な研究に貢献しています。
画像提供:防災科研
E-ディフェンスはここがスゴイ④ 実験によって耐震に関わる課題を理論化
——このE-ディフェンスによって、これまでどのようなことがわかってきたのでしょうか?
阪神・淡路大震災で起きた高速道路の倒壊は、中の鉄筋が悪いとか、施工不良なんじゃないかといわれました。でも私たちの実験によって、それまでに起きていた地震では問題がない施工や構造だったけれど、想定以上の地震が起きたから倒れたということが解明できました。
他にも実績はいろいろあります。木造住宅でも耐震補強をした建物としていない建物との比較実験もしていますし、旧耐震基準で建てられた、RC鉄筋コンクリートのマンションにおける、せん断破壊(ちょっとしたたわみでも起こる破壊)の様相も調べることができました。学校の建物は耐震補強が進んでいますが、それが有効だと実証する実験も行っています。国の基準も変わりましたが、阪神・淡路大震災当時は37%程しかなかった校舎の耐震普及率が、現在は90%を超えています。
——研究結果が実社会に反映され、より安全な世の中になっていくのは嬉しいことですし、やりがいがありますね。
昔はデータがなかったので、具体的にどんな影響があるか研究もしにくいし、伝えにくかったと思います。でもE-ディフェンスができたことで、実際のデータを使っていろんなことが解析できるようになりましたし、これまでの理論モデルが正しいことも証明できました。それらのデータが建築設計に活かされていることが、我々のモチベーションになっています。
画像提供:防災科研
これからの地震防災は建物だけでなく「社会」をどう守るかがポイント
——阪神・淡路大震災以後も、たびたび規模の大きな地震が起こっています。今後はどのような研究がされていくでしょうか。
東日本大震災後、長大構造物の揺れに関する考え方はかなり変化してきています。これまでは倒壊を防ぐ、人命を守ることに焦点が置かれていましたが、もう一歩踏み込んで、「大きな揺れを受けても建物としての機能をどうやったら維持できるのか」と言う観点が加わっています。
——倒壊しなくても家の中がめちゃめちゃになり、電気や水、ガス、ネット環境…、そういったライフラインが打撃を受けたら、住み続けることができませんね。
そうなんです。災害が起きても経済活動を維持し日常生活を継続させる質の高い空間構成が必要です。社会全体のインフラとしての建物ですね。センシング技術も発展してきたので、構造物にセンサーを取り付けデータを集め、都市をどう守っていくかという研究も進められています。実験データを活用したシミュレーションを行うことで、建物単体だけでなく、ライフラインも含めた街全体、エリア全体での安全と言う観点での研究も進んでいます。
——安心して住める都市が心から望まれます。こうした研究に携わるにはどういう人が向いていると思われますか。
データを扱うことは研究者として大前提として、実験の準備は建築の職人さんらと関わりながら進めたりもします。国によって免振の方法や考え方が異なるので、海外交流も大切です。そういう色々なシーンで柔軟に対応できる人だといいですね。
また研究にあたっては、当たり前のことを当たり前に淡々とやっていても何も生まれません。新しいものへの挑戦や、こんなことをやってみたいという要望を実現できる空間だと思いますので、人が驚くことをやりたいという人に入ってきてもらって、新しい展開をもたらしてもらいたいです。
——センターからリケラボ読者の皆さんにお伝えしたいことはありますか?
こちらで行った100以上の実験のうち、70件ほどはデータを公開しています。卒論や修士論文、若手研究者にご自身の研究で活用してもらえたら嬉しいので、遠慮なく使ってください。波形データもデジタルで用意していますから、それをいじって自分で波形を書くことに挑戦しても面白いかもしれません。映像データもたくさんあるので、高校生くらいの方にも親しみやすいかと思います。見学可能な公開実験を行うときはHPで情報を出しています。実際にどんなことを行っているのか、見て感じてもらえればと思います。
〈取材を終えて〉
地震による建物の倒壊を防ぎ、人命を守るための究極の実証実験設備、E-ディフェンス。このようなダイナミックな実験設備をつくったそのチャレンジ精神にまず感銘を受け、研究データが着実に実際の街の構造物に反映されていることにも安心感と信頼感を覚えました。
梶原センター長、貴重なお話をありがとうございました。
※E-ディフェンスを使った実験動画や様々な研究データはこちらからご覧いただけます。
https://www.bosai.go.jp/hyogo/index.html
(本記事は「リケラボ」掲載分を編集し転載したものです。オリジナル記事はこちら)
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