「いよいよ月旅行が現実になる!?」「プロジェクトの立ち上げの経緯は?」「クルマの性能は!?」など聞きたいことがたくさん。
国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)有人宇宙技術部門有人宇宙技術センター 技術領域主幹の降籏 弘城(ふりはた ひろき)さんが、お答えくださいました!
JAXA、トヨタとともに月面有人モビリティを研究!
──トヨタと協力して、月面を走る有人モビリティを研究中とのことですが、どのようなものか教えてください!
現在研究しているモビリティは、「ルナ・クルーザー」と命名した有人与圧ローバです。有人与圧ローバは、与圧空間(宇宙飛行士がシャツスリーブで一定期間居住可能な機能を備えた空間)を持ち、寝泊りなどの生活や、必要に応じて実験などもできます。イメージとしてはキャンピングカーが近いかもしれません。
──ものすごく頑丈そうですね! アポロ時代の小さい乗り物とは全然違います!
そうですね。アポロ時代の移動体は、バギー型で常に宇宙服を着ていなければならなかったこと、移動距離も数十キロ程度と生活拠点、研究拠点としての役割を持たない移動体で、できることが限られていました。
──ひょっとして…月面で宇宙服を脱げるんですか?
その通りです。ルナ・クルーザーは、マイクロバス2台分ほどの大きさで、2人の宇宙飛行士が『宇宙服を脱いで』滞在でき、数百キロ単位で移動が可能なモビリティです。月面を自由に移動し、滞在拠点としても活用できることから、月面探査においてさまざまな点で貢献できると考えています。
JAXAにとって初めての月面有人モビリティ
──JAXAとして月面での有人のモビリティへのチャレンジは今回が初めてというのは意外でした。
そうなんです。JAXAは、国際宇宙ステーションや衛星などの開発経験が豊富なのですが、これらは全て無重力環境で使うものです。月面は、重力(地球の六分の一)がありますし、また無重力空間にはない上下の区別もあって、これまでとは違ったチャレンジが必要な環境と言えます。
──そもそも、1972年のアポロ計画以来、人類は月に降り立っていません。
月に人が行く必要性については常に議論されてきました。ロボットやAIの技術がどんどん発展している中で、人間が月に行く必要があるのか、というのは重要な論点です。人命を危険にさらすことなくロケットを打ち上げ、人間を帰還させるには莫大なコストも掛かります。そのため、無人でできる実験や観測などは無人で行う、という考えが基本的になってきています。
──一方で、民間人でも近い将来月への旅行が可能になるとよく耳にします。
はい、実際にはいろいろな国が有人月面探査を目指しています。これは、各国バラバラにやっているわけではなく、協力しながら進めています。世界各国の宇宙機関で構成された国際宇宙探査協働グループ「ISECG」という組織があり、日本、米国、ロシア、欧州、UAEなど各国の宇宙機関がメンバーです。その中で、共通のビジョンとして「グローバルエクスプラネーションロードマップ」という宇宙開発のロードマップが出されています。(下図)
出典:内閣府 The Global Exploration Roadmap(ISECG公開資料)
その昔、人々が大航海時代に危険を顧みず大海原に漕ぎだしたように、宇宙を探検することは人類としての本能的な欲求なのだと思います。地球以外の星へ活動領域を広げていきたいと考えたときに、まずは「人が行ける、人が住める」ことを立証することが必要になってきます。
近年、地球に比較的近い環境を持つことを理由に、火星探査への関心が世界的に高まっています。ところが、実際のところ火星は遠くて、行くにはロケットで半年もの時間がかかりますし、技術的なハードルも高いです。そこで、まずは最初のステップとして、地球から一番近い天体である月に行き、そこでいろいろな技術を蓄えてから火星に行く、という計画が立てられています。
──現時点での月面探査の目的、月に行ってやろうとしていることは具体的にどんなことでしょうか?
学術的には、月の岩石などのサンプルから月の組成を詳しく調べて、ゆくゆくは地球の生成の過程も明らかにできると期待されています。サイエンスとして純粋に好奇心がくすぐられますよね。
それから、月面には水があると言われています。水があれば、水素と酸素に分解して燃料を作ることができます。そうすれば、月を拠点として火星に行くことができるようになるかもしれません。
月で水が見つかったら、次に水を電気分解して推薬を生成する施設を作る。エネルギーが供給できればいろいろな活動ができるようになりますよね。そうなったら、それなりの人数で長期間快適に滞在できるホテルのような施設も必要だ、といった形でシナリオが広がっていくんです。最終的には、ムーンシティ、ムーンバレーといったように、街や社会ができるような構想を描いています。
──人類が地球外の星に住めるようになる未来を、現実のものとして目指しているんですね!
そうです。各国ともこの壮大なビジョンに対して、自国の得意な技術を生かして貢献しようとしています。宇宙開発というのは、世界各国が役割分担をしながら進められているんですね。JAXAとしては、月面のモビリティが日本が貢献できる強みの一つになり得るのではないかと考えています。
月面のどこに水があるかを探す場合でも、水を見つけた後に設備を作る場合でも、広大な月面でそれなりの人数がいろいろなところで活動するために、性能の良い移動手段を提供することができれば、とても大きな貢献になりますよね。
──移動体で行こうとなったときに、JAXAからトヨタを指名したのですか?
トヨタは移動体の新領域を模索する中で、宇宙空間へのチャレンジを検討していて、JAXAとも意見交換をする機会がありました。議論を通じて互いの理解を深めていき、有人与圧ローバの共同研究を開始することになりました。
現在は、有人与圧ローバが拓く“月面社会”勉強会も立ち上げ、有人与圧ローバを議論の出発点として、将来の月面社会のビジョンについて様々な業種間で横断的に意見交換を行っています。トヨタの他にも関心を持ってくれる企業もでてきました。自社で持っているこんな技術使えませんか?という問い合わせも増えてきています。
©JAXA
月面環境に耐えうるクルマとは? 研究の現状
──共同研究はどのように進んでいるのでしょうか?
共同研究のスタートとなる2019年度からやってきたことは、まず月面がどのような環境であるかを調べ、その環境に耐えるために必要な技術を洗い出すことでした。
例えば月面には空気がありません。地上の車はエンジンの熱を空気中に放熱しているのですが、月面ではそれができません。クルマでいえばオーバーヒートの状態になってしまいます。それを解決するために、まずは放熱するためのラジエーターを大きくしようと考えました。しかし、ラジエーターを単に広げるだけだと質量が重くなり、走行が不安定になってしまったり、打上げロケットに入らなくなってしまうので、現在は展開・収納できる機構の研究を進めています。
それから、月面は温度環境も地上とは全く異なります。上は120℃を超え、下はマイナス170℃以下になるので、その温度でも動く移動体を作らなければなりません。
他にも、月面は大気に守られていないため、放射線の影響も考慮しなければなりません。地上で使うゴムタイヤは放射線で劣化してしまうため、材料の見直しも進めています。
──行ったことがない月面の環境を想定しながらのモノづくりはとても難しそうですね!
そうなんです。ただ、月面を調べる手段は実は結構あるんですね。JAXAや米国のサイトでも見られますが、高精度な写真がたくさんあります。アポロの着陸機が降りた場所も、探せば見つかると思います。こういうのを見ているとワクワクしっぱなしで、ここを自分たちのローバが走るんだなと想像すると、本当に楽しみですね。
2021年度には、試作車を使っていろいろな試験をしたいと思っています。
──月面を日本の自動車産業の粋を集めたクルマが走ることになったら、すごくかっこいいですね!
『宇宙の専門家』と『車の専門家』の共同作業
──トヨタとの共同研究について、どのような感想をお持ちですか?
初めて宇宙空間に参入する企業と、初めて月面有人モビリティに挑戦するJAXAが一緒になって、大きなミッションに向かうのは、チャレンジングでとても面白いです。
最初は、車の専門家と宇宙の専門家で言葉が全然違って、話が通じないこともありました。車ではこう言うんです、宇宙ではこうなんです、といった認識を合わせることから始めていきました。
それから、トヨタの作る地上車は量産型、一方JAXAの開発する衛星は特注品の生産型で、そこにアプローチの違いがあって勉強になります。トヨタにとっても、JAXAの高性能なものを大切に作るという考え方は面白い、と思っていただいているようです。
有人与圧ローバのような大規模な有人月面探査システムに関する民間企業との共同研究は、JAXAとしては初めてなんです。宇宙開発って、莫大な費用が掛かるのが当然というイメージを持たれていると思いますが、それではなかなか継続できません。高い安全性を確保しつつ、できるだけコストを抑えること、そのどちらもが求められています。そのためには、地上ですでに成熟している技術をうまく応用することが効率的です。成熟した技術を持つ民間企業とタッグを組んでやっていくことが今後ますます重要になっていくと考えていて、この共同研究はその記念すべき最初の取り組みなので、必ず成功させたいですね。
──気合が入りますね!
そうですね。僕の今現在の役割の一つは、民間企業に宇宙への関心を持ってもらい、考え方やアプローチの違いを乗り越えて一つの目標に一丸となって向かっていけるよう、計画を立てたり、調整・コーディネートしていくことです。民間企業の方との勉強会や交流会を積極的に行っていくなかで、有難いことに、さまざまな企業の方から、宇宙に興味あります、チャレンジしてみたいです、といったお声掛けをいただくようになってきています。
宇宙には、星の数ほど仕事がある
──ところで降籏さんはどうしてJAXAで働きたいと思ったのですか?
きっかけは、僕が中学生の時に、スペースシャトルチャレンジャー号の事故があったことです。当時、宇宙に行くのは大変で命懸けである、と認識したのを覚えています。そこで、安全で誰でも気軽に宇宙に行けるようにしたい、と思うようになりました。
──どのような勉強をしたのですか?
数学がちょっと得意だったのもあって、応用数学や人間工学を勉強していました。大学の先生がスペースシャトルの内装設計の研究をしていたので、そこの研究室に入りました。宇宙システムの信頼性や安全性が専門です。人が安全に宇宙に行って、安全に活動するためには、どういうシステムが必要か、ということを研究しました。
──JAXAを目指す人へのアドバイスをお願いします!
「宇宙」といっても関連する分野はとても幅広くて、JAXAにも多種多様な専門分野の人がいます。天文学の専門家もいれば、ロケットのエンジンに使う材料開発やメカニック、膨大なプログラムを組むエンジニアなど……。僕の場合は、ロケットのエンジンやハードウェアよりも、「人が安全に宇宙空間で活動するために必要なシステム」の開発をやりたいと思って、今の仕事をしています。それぞれの分野のスペシャリストが力を合わせることで、宇宙開発を進めることができるのです。もしJAXAで働きたいと思ってもらえたならば、自分の得意分野や能力を、宇宙開発のどんなところに生かすことができるか、できるだけ具体的にイメージしてみてください。一見すると宇宙から遠いように思える分野や能力にも、きっと今後の宇宙の開発に役立つものがあると思います。
──そう遠くない未来に、人を乗せ、月面を駆ける有人与圧ローバを想像すると楽しみです!降籏さん、貴重なお話をありがとうございました!
(本記事は「リケラボ」掲載分を編集し転載したものです。オリジナル記事はこちら)
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