ゼロベースからの自社開発で業界誌で数々の賞を受賞するレコードプレーヤーを作ってしまったり、JAXA&東大と共同研究で無人補給船「こうのとり」の部品を開発するなど、テレビドラマの題材になりそうな実績をいくつも持つ町工場があります。
航空宇宙関連部品や医療製品に欠かせない精密部品を製造している由紀精密さんです。
「町工場は、持っている技術の活かし方、見せ方次第でもっともっと魅力的になるー」
そう語る代表取締役の大坪さんは、倒産寸前の家業を立て直したスゴ腕3代目。
自社の発信のみならず、製造業全体の魅力を発信する音楽レーベルを立ち上げ、世界最高峰の広告賞を受賞など、ものづくりの現場をカッコよく面白く発信している大坪さんと話していると、「このひとのもとでモノづくりがしてみたい!」と、とにかくワクワクさせられます!
(※記事中の「社長」の呼称は取材当時のものです)
精密切削加工の粋を結集した製品の数々
——由紀精密は航空宇宙産業や医療分野など品質の要求水準が高い分野が得意ということですが、コア技術は何でしょうか?
金属を精密に削る切削加工という技術です。特に難削材とよばれる金属の加工に強みを持っています。数ミクロンの誤差が事故につながる航空宇宙分野は、最高レベルの精密性が要求されますし、人体に害の少ないチタンなどの素材も加工が非常に難しい素材です。
——耐食・耐熱に優れ過酷な環境に耐えうるいい素材であればあるほど、加工が難しいし、用途が特殊であればあるほど精密な加工が求められるわけですね。
もともとは、通信機器の内部で使うねじの製造から始まり、半導体関連などの小型で高精度な部品、産業機器や発電所向けの特殊な部品を手掛けていくなかで、様々な技術とノウハウを蓄積してきました。
——旋回切削加工(回しながら削っていく)の様子を収めたこの動画(https://www.youtube.com/watch?v=htsdAVIBF6w)、金属がするすると削れていく様子は、見ていて気持ちがいいです!
——精緻な技術で作られた金属部品って美しいですね。芸術的ですらあります。
自社開発のユニークな製品が話題。アナログレコードプレーヤーがヒット。
——自社開発のアナログプレーヤーの価格は200万円だそうですね!
アナログプレーヤー「AP-0」は、由紀精密の精密加工の集大成ともいえる製品です。レコードはわずかな振動でも音がブレるため、極限まで振動やノイズの影響を受けにくい構造を作り上げました。レコードを載せるプラッターは削り出し、軸受けはマグネットで浮かせ、点接触でコマのように支えています。
ほとんどの部品が当社の精密切削加工で作られたもので、結果的にこの値段になりましたが、専門誌に取り上げていただくなど話題になり、予想以上の注文をいただいています。我々の技術にそれだけの価値を認められているのは嬉しいですね。
——設計から自社で行われているのですよね。
社員には自由にモノづくりをしてもらいたいと思っていて。このプレーヤーは、音楽好きな技術開発部部長の発案で忙しい本業の合間を縫って社内の有志メンバーとともに、企画・設計、試作を重ねて作り上げたものです。
——3分以上回り続けるコマもとてもユニークです。
SEIMITSU COMAは、精度の高さをアピールするために作ったもので、軸がしっかりしているので3分以上回り続けます。パリで開催された航空宇宙機器の国際見本市で、技術サンプルとして配布したところ大きな反響を呼び、全日本製造業コマ大戦が始まるきっかけにもなりました。
企画から製造まで手掛ける、“研究開発型町工場”
——町工場と言うと、大手メーカーからの受託製造(下請け)のイメージでしたが、こうしたクリエイティブな自社製品もあるのですね。
取引先から図面をもらってものを作るだけでは、経営として先行きが不透明ですし、それ以上に、ものづくりの力で社員も世の中も幸せにしたいと考えているんです。
過去ITバブルの崩壊やリーマンショック、生産の海外移転などで、多くの町工場が打撃を受け廃業に追い込まれました。それで、図面を書いて自ら仕事を作れる会社にならなくてはいけないと。切削加工が必要とされている分野において、自分たちで企画し、製造まで手掛ける “研究開発型町工場”になることを目指しました。
社員に、「ダメだったら止めるから、いいかどうか聞かずに自由にやってみて!」と言って驚かれたこともありますが(笑)、枠を設けずものづくりをしてもらうことを心がけています。時には私に内緒で開発したものを、1年後ぐらいに「実はこんなことをやっていました」と成果として出してきてくれたりして、嬉しいですね。先のレコードプレーヤーもそういう中から生まれました。
——社長ご自身が、ものづくりが大好きということも大きそうですね。
大学は機械専攻でソフトウエアで卒論を書き、大学院ではナノテクノロジーの微細加工に取組みました。新卒で入社したのは金型ベンチャーの研究開発部で、図面を引くのは大好きですね。由紀精密には長年の金属加工ノウハウがあります。加工のことがわかる人が設計開発することは、ものづくりにおいてとても効率的で価値の高いことなんです。
——そこを活かして、さまざまな分野での開発に携わっておられますよね。
顧客に代わって設計・開発から加工を行うことで、利益率が大幅に改善しました。また、先端分野では、お客様と一緒に課題解決のための研究を行っています。宇宙や医療分野だけでなく、農林分野やエンターテイメントの領域でも、人々がより安全で幸せになれるような機械や装置の設計を行っています。
今では、受託生産と技術開発事業が半々の割合となっていて、これからも未踏の領域に積極的にチャレンジしていきます。
一時は倒産の危機にあった家業を継ぎ、V字回復
——大坪社長は3代目ということですが、由紀精密を継ぐまでにはどんな経緯があったのでしょう。
祖父が1950年に興した由紀精密は、もともとは電気・電子関連のねじなどの製造から始まり、父の代では公衆電話の金属部品などを手掛けていました。でも時代の変化と共に、そうした下請けの仕事は減っていきました。
私は大学院を卒業して、当時花形だった携帯電話の試作金型を製造するベンチャー企業に入社しました。世界最高速の金型工場を立ち上げたり、ファンドを設立してM&A含め外部企業のコンサルティングを手掛けたり、幅広い仕事をさせてもらっていました。入社時は100名だった社員が6年半いるうちに2000人を超える規模になりました。
一方、実家を見ると経営状況は良くありません。親の健康問題もあって、経営の立て直しをするために由紀精密に戻ったのが始まりでした。
——もともと家業を継ぐおつもりだったのでしょうか?
継ぐことは求められていなかったのであまり意識していませんでした。当時会社で大きなプロジェクトに関わっていたこともあって辞めるのは難しく、継ぐためではなく、立て直し役として常務取締役として着任しました。3年程度で立て直して、その後はまた会社に戻ってもいいし、別のキャリアを築くことも考えていましたね。
でもいざ戻ってみると中小企業の改善はとても大変で、長期的に腰を据えてプランを作る必要があるとわかったんです。社員のことも家族のように思えてきました。それで、2013年39歳の時に家業に専念することにしました。
——その後業績はV字回復、いまでは売り上げが当時の4倍以上に成長されたそうですね。成功ポイントは何だったのでしょうか。
自社の技術の強みを再認識したうえで、それを軸にしつつも、航空や宇宙、医療など新たなマーケットに仕事を広げていったことですね。そして、下請けではなく研究開発型企業に変えていったこと。これによって、主体的にモノづくりができるようになり、付加価値の高い製品を提供できるようになりました。
——そうはいっても新しい分野に参入するのは、とても大変ですよね。
まず、知ってもらうことが重要です。日本の製造中小企業は高い技術を持っていても、マーケティングやアピールをうまくできていないところが多いと思います。由紀精密もそうでした。
前職ではデザイン部門が社内にあり、クリエイティブも大切にしていたことから、私は見た目こそ重要だと学んでいました。だからデザイナーを雇って、企業ロゴをはじめ、ホームページなど人の目に触れるものはすべて新しくしました。大手メーカーのように広報部を置き、自分たちで設計し製造したものを、世の中に発表して話題になるところまでをセットでできる体制にしました。あと、参入したい分野の展示会にも積極的に参加しましたね。
——先ほど話に出たコマも、アナログプレーヤーも、話題になることで技術を効果的にアピールしていますね!
知ってもらうことにこだわることで、技術に目を留めてくれる人が増え、新たな用途が見つかったり、仕事の依頼につながっていきます。
製造業をプロデュースして面白さを知ってもらう
——知ってもらう、見せることにこだわるという点では、先ほどのINDUSTRIAL JPの動画も、ものすごくカッコいいですね!
これは町工場の機械音をサンプリングして作った映像作品で、大手広告代理店の同級生と始めたプロジェクトです。由紀精密だけでなく、いくつかの町工場が参加してくれています。
私たちが小さい頃は、超合金のロボットを作ったり、ラジコンを自分で組み立てて走らせたり、遊びの中で機械に触れることが多かったのですが、今の子ども達ってスマホとかデジタルの世界で面白いものが多く、リアル世界のモノや機械に触れる機会は少ないですよね。それで、メカの面白さが伝わるような映像を通じて、「製造業は格好良くて面白い」ということを、もっと知ってもらいたいと思って作りました。
——いろんなクリエイターの方とコラボしたMVは、サウンドと機械の動きがピッタリ合って心地よく、これぞクールジャパンのものづくり!と感じました。
YouTube にあげたらいきなり数十万回再生を記録して、広告やデザインの分野でも著名な賞をいただきました。「製造業ってこんなことやっているんだ。知らなかった」という感想もいただいています。映像を見て面白いと思ってくれた人の中の何人かでも、製造業に興味を持ってくれて、働いてくれたり、盛り上げてくれたらいいなと考えています。
——町工場って、質実剛健と言うか、昔ながらの地味なイメージが一般的だと思うんですが、これを見たら、必ずしもそれだけではないとわかってもらえそうですね。
町工場を新しい感覚で捉えなおしてもらえたら嬉しいです。
町工場の金型加工や微細加工技術は、いまでも世界トップクラスです。長年培った技術に加えて、最新の技術や機械も取り入れながら進化しています。その技術が失われることを阻止したいという想いが強いですね。大手に比べるとマーケティングや発信力が弱いので、知られにくいというのがありますが、知ってもらえれば、新たな用途が見つかる技術がたくさんあると思います。だから、積極的に発信して製造業全体をプロデュースしていきたいんですよね。
中小企業だから叶えられる面白さがある
——大坪社長のように、家業を継ぐために戻る人は増えているのでしょうか?
私のように2代目、3代目が一度外の会社に勤めて実家に戻り、面白いことをやっているところは増えています。中小企業は小回りが利き、少ないロットでも生産が可能なことが特徴です。しかも高品質なものを早く、低コストで作る技術もあります。なので、世の中で見たことがないものを作っているところも多いです。INDUSTRIAL JPに登場する町工場もそうですね。中小製造業は、以前よりももっと、ものづくりの面白さを味わえる場所になりつつあるんですよ。
——大坪社長のような人が増えると、町工場全体がどんどん面白くなりそうです。
社員には能力をフルに使って自立してもらえるといいなと思っています。会社がその人の枠を決めてしまうと、それ以上の活躍はできなくなってしまいます。私としては伸びるところがあるなら、勝手に伸びていってもらいたいと思っているんです。上司は部下の邪魔をしないで、その人たちの持つポテンシャルを最大に発揮できる組織にできればすごくいいなと思っています。
——由紀精密としては、今後はどのようなことに取り組みたいと考えておられますか?
いろいろな社会の課題を技術で解決していきたいですね。技術って人間の可能性を拡張できる一方で、デメリットもある。例えば技術発展の負の側面として環境破壊の問題がありますが、それを解決するにも技術が必要です。由紀精密では、宇宙ゴミを除去する取り組みも始めていますし、医療や林業での仕事にもそういう想いがありますね。
また先端技術と要素技術を結びつけて、発展させることにも力を入れていきます。グループ会社に明興双葉という電線を製造している会社があるのですが、そこも金属線を髪の毛より細く加工する唯一無二の技術を活かして超伝導ワイヤーの開発を行っています。学会で発表したところいろんな研究機関から話が来て、将来的にはリニアモーターや核融合炉で活用が期待される線材の共同研究が始まっています。中小企業が秘めているポテンシャルって本当に高いんですよ。由紀精密だけではなく、グループとして製造業を面白くしていきたいですね。
大坪正人(おおつぼ まさと)
1975年に神奈川県茅ヶ崎市に生まれる。東京大学大学院工学系研究科産業機械工学専攻を修了後、携帯電話の試作金型を製造するベンチャー企業に入社。世界最高速の金型工場の立ち上げ、外部企業のコンサルティングを手掛けるなど、多岐に渡る業務に携わる。2005年には「第1回ものづくり日本大賞 経済産業大臣賞」を受賞。その後、2006年に由紀精密に入社、2013年に同社社長に就任。
1961年創業。神奈川県の本社工場のほかに、横浜ファクトリー、東京オフィス、フランス支社を持つ。「ものづくりの力で世界を幸せに」をミッションに、精密加工技術を活かした電気電子、電機機器部品、産業用機械部品、一般精密機械部品、医療機器、航空部品等のあらゆる産業の部品加工、機械の設計、それに伴うサービスを展開している”研究開発型町工場”。
https://www.yukiseimitsu.co.jp
(本記事は「リケラボ」掲載分を編集し転載したものです。オリジナル記事はこちら)
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