イラスト:桜井葉子

昼はエンジニア。夜は悪キャラを倒す科学戦士。その名も「ミギネジ」!
宵闇に潜むひんやりとした恐怖……。 街の平和を守るため、今日も科学戦士は立ち上がる!

子犬の名前のヒミツ

私は、ミギネジ。
昼はエンジニアとして働き、夜は誰に言われるでもなく科学戦士をやっている。

「ワンワン」

ミギネジは、1匹の「デュー君」という子犬を飼っている。
父親が子犬を拾って家に連れてきた夜、実験結果に驚いたミギネジが「デュー!」と声をあげてしまったときに振り返ったため名づけられた。

「きっと前のお家でも、デューと呼ばれていたのね! だから振り返ったのよね?」

「????」

おそらくデュー君はミギネジの奇声に驚き振り返っただけなのだが、ミギネジも子犬を拾ってきた父親も、自分の仮説を信じていたかった。

「ワンワン」
デュー君は、今日も吠えてミギネジに来客を知らせてくれる。

夜も更けたミギネジの家にやってきたのは、予備実験をする約束をした弟子の博夫。
かわいく出迎えてくれたデュー君に魅せられ、博夫はミギネジとともにデュー君のお散歩をすることにした。

吸血鬼? そしてよみがえる博夫のトラウマ

お散歩中に森の細い道に差しかかると、博夫はボソッとミギネジに呟いた。

「実は僕、こういう暗闇が苦手なんですよ。昔、肝試しでいきなりひんやりした手で足を触られて、気絶したのがトラウマで……。今日もなんか嫌な予感が……」

博夫の嫌な予感は的中。暗闇から悲鳴が聞こえた!

「キャー!」

デュー君は、しっかりと振り返っていた。

「“デュー”じゃなくて“キャー”でも振り返っている!」
ミギネジは、目の前で崩れゆく仮説に衝撃を隠せない。

唖然とするミギネジに、自称「ヒーロー」こと、ヒーロー魂を持った博夫は諭す。
「とりあえず、悲鳴が聞こえた方向に向かってみましょうよ!」

現場に到着すると、人の形をした怪物が、人に噛みついてチュルチュルと何かを吸っているようだ。

「まさか……吸血鬼!?」

博夫は「暗闇のひんやりした手」には弱いが、「吸血鬼ならば勝てそう」という謎の自信があった。

「行け~、パンチ!」
しかし、博夫のパンチは意外と柔らかかった吸血鬼の体に吸収され、手の形の跡が残ってしまった。

そして、博夫ははたと気づいてしまった。
「ひんやりしているー! あのときの感覚があああ!」

……パタ。

「暗闇×ひんやり」のトラウマがよみがえり、博夫は気絶してしまった。

「ペロペロ」
デュー君は「僕の名前、キャー君になっていたかも」と思いながら、博夫の顔をひたすら舐めまわすしかなかった。

吸血鬼なら、アレが効く!?

博夫の復活をデュー君のペロペロに任せつつ、ミギネジは考えた。
「吸血鬼といえば、昔、本で読んだアレがきっと効くわよね!?」

そう、「吸血鬼は太陽の光に弱い」という物語を読んだことを思い出し、ミギネジは親友の光波ナミに電話した。
「今から白色光いける?」

はたから見たら照明器具を頼む会話に思われそうだ。

が、もちろん違う。ミギネジは太陽の光のようにさまざまな光の色が入った白色光を照らせば、吸血鬼に勝てるのではないかと考えたのだ。

そして、その辺のライトとは比較にならないくらい強烈な光を出せる親友戦士、光波ナミにお伺いを立てているわけである。

「白色光ね、任せて。今日もすべての光波が万全よ!」

現場に到着した光波ナミは、意気揚々と白色光を照らした。

「これで終わりよ! 今回はあっというまに敵が倒れるから物足りないって怒られそうね。行けーっ!」

ピカーンッ
あたりは強烈な光で照らされた!

こうして、平和は守られ……るはずだった。

が、吸血鬼は倒れるどころか、ほくそ笑んでいるではないか!

「あ、あれ……?」

光が当たって気づいたのだが、血の形跡はなく、ヤツは吸血鬼ではなさそうなのだ。でも、吸血鬼に襲われた人は、明らかにげっそりとしている。

「じゃあ、人間の何をチュルチュルと吸っていたのよ!?」
光波ナミは、渾身の白色光が効かなかった腹いせに、強めの突っ込みを入れて精神の安定を図った。

デュー君が暴いた、吸血鬼の正体

「はっはっはー。僕らの目的は人間の血ではない。水だ!」

「水?」

「つまり吸血鬼ならぬ、吸水鬼ってところか……。うん、我ながら良いネーミングセンスだな」
博夫は目覚めて早々、自画自賛していた。寝ている間デュー君に顔中を舐めまわされていたことはこれっぽっちも知らない。

「おやおや、ヒーロー君もお目覚めかい?ちょうどいい。君たち全員の水ももらおうではないか!」

さらに、敵は続ける。
「水をたくさん吸って、僕らの星の生活を豊かにするのだ! 水がなくなれば地球も滅びるだろう。そして、その暁には……ぶつぶつぶつ」

「あっ、やばい! ここはストーリー上、真面目に聞かないといけない大事なところなのに!」

よく見ると、デュー君が電柱と間違えて、吸水鬼の足元に用を足していた!

「デュー君、ダメよ! それは電柱じゃないわ!」

「ああ……。ヒントになるかもしれない相手の言い分も聞き逃したし、愛犬の水分も持っていかれたし、終わったわ」
ミギネジは愕然としていた。

ところが……(!)

なんということだろう、デュー君の用(=水分)を吸い込んだ敵は、ブクブクと太り始めているではないか!

あの調味料で、やっつけろ!

「なんでこんなにすぐに太るのだろう? しかも、博夫は柔らかくて冷たいって言っていたし……。……ってことは!」
ミギネジは、これまでのヒントからひらめいた!

「やつの正体は、自重の数百倍から約千倍までの水を一気に吸収して大きくなる……、吸水性ポリマー!」

吸水性ポリマーは、水をたくさん吸い込み保持することができるのだ。
吸収された水が蒸発する際にまわりの熱を奪うため、ひんやりし、冷却シートにも使われている。

博夫の「暗闇×ひんやり」のトラウマも、この性質によるものだったのだ!

敵が吸水性ポリマーとわかれば、あとはその性質を逆手にとって、水を取り戻せばいい。

ミギネジは、復活した博夫のポケットからあるものを取り出し、吸水鬼に向かってふりかけた。

「とっととみんなの水を返しなさい! 行け~、塩!」

振りかけたのは、博夫がいつも持ち歩いている“敵お清め用”の塩である。

ジューッ。

吸水性ポリマーから水が染み出てきた。

ナメクジに塩をかけると体から水を失っていくような感じで、吸水性ポリマーもあっという間に水を失ってしまった。

「頑張って溜めた水がああああああ!」
吸水鬼は、頑張って溜めた水を「塩」というお手軽材料で奪われた悲しみで、戦意喪失した。

「ワンワン」

「デュー君、これからは指定の場所以外で用を足さないように、おむつをしようね~」

ミギネジがデュー君におむつをしようとしているので、光波ナミは尋ねた。
「ミギネジ、まさか……」

「あっ、ばれちゃった? もちろん吸水鬼よ」
吸水性ポリマーは、水をよく吸うので、おむつにも使われている。

“塩ショック”から立ち直れなかった吸水鬼は、心を入れ替え、デュー君のおむつになって大活躍する道を選んだ。

「ありがとう!吸水鬼。」

「ワンワン(ありがとう)!」

こうして、平和は守られた。

【ミギネジの予備実験室】

必殺技名:「吸水性ポリマーと塩」
分野:物理
費用:★★☆、手間度:★☆☆、危険度:★☆☆

《準備するもの》
◎吸水性ポリマー
◎水
◎塩
◎透明カップ

《実験手順》

(1)透明カップに吸水性ポリマーを入れ、水をかけます。

吸水性ポリマーがかけた水をどんどん吸い込み、膨らんでいきます。
目に見えないほどに細かいあみの目の中に水が取り込まれ、プルプルしたゼリーのようになります。

(2)水を吸い込み膨らんだ吸水性ポリマーに塩をかけてみます。

塩をかけると、吸水性ポリマーが吸い込んでいた水が染み出てきます。
吸水性ポリマーの中の水が吸水性ポリマーの外の塩と同じ濃さになろうとして、中から外に出ていきます。

このように、塩をかけることによって吸水性ポリマーから水を取り戻すことができます。

みなさんもぜひ、ミギネジの必殺技を試してみてください!

■注意事項

・小学生など低年齢の子どもが実験するときは、必ず保護者の指導のもとで実施してくださ
い。

・吸水性ポリマーは目などに入ると危ないので注意して取り扱ってください。


五十嵐美樹(いがらし・みき)
科学のお姉さん。1992年東京都生まれ。
東京大学大学院修士課程及び東京大学大学院科学技術インタープリター養成プログラム修了。
幼いころに虹の実験を見て感動し、科学に興味を持つ。学部在学時に「ミス理系コンテスト」でグランプリを獲得後、「老若男女問わず科学の楽しさを伝えるミス理系女子」として、子どもから大人まで幅広い層に向けた実験教室やサイエンスショーを全国各地で主催、講師を務める。
特技のヒップホップダンスで魅せる「踊るサイエンスショー」は好評を博している。


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