イラスト:桜井葉子
黒々とした憎しみを跳ね返せ! 街の平和を守るため、今日も科学戦士は立ち上がる!
ボールペンと黒っぽい雨
私は、ミギネジ。
昼はエンジニアとして働き、夜は誰に言われるでもなく科学戦士をやっている。
ミギネジは、会社で大切な書類にボールペンを使ってサインしていた。
“ミ、ギ、ネ、ジ……”
そのときだった。ふと思いついたことが、頭から離れなくなった。
「このサイズで“ミギネジ”って書くのに、ボールペンのボールは何回転するんだろ?」
ボールペンはペン先にボールが埋め込まれており、それが回転することでインクが出てきて書くことができるのだ。
大切な書類ではあるが、一度気になると解決するまで気が済まないのが“科学戦士“ことミギネジなのである。
「いーち、にー、さーん、しごろく……。ダメだ! うまく数えられないっ~! もう1回!」
気づくと、大切な書類は実験台にされ、ボールペンの線まみれになっていた。
ボールペンの線まみれになってしまった実験台(=大切な書類)を隠蔽しようと、立ち上がったミギネジに、上司が急に話しかけてきた。
「にゃい!」
ミギネジは、前回の話で解説した「デュー」と同様、驚くと変な声が出てしまうクセがある。
「犬を飼っているのに猫みたいな声を出すとは、超怪しいな。何か隠しているのかい?」
「バ、バレた……。実は、大切な書類が……」
ミギネジが思い切って上司に自白しようとした、そのとき!窓の外から変な音が聞こえてきた。
「ザザザザザ―ッ!」
窓の外を見ると、黒っぽい雨が大量に降っていた。
上司は、ミギネジの自白よりも黒っぽい雨へ興味がいき、窓のほうに走っていった。
「助かった……」
ただ、残念ながら「助かった」のは書類実験台事件にすぎず、黒っぽい雨はもっと大変な事件の幕開けであることを、そのときのミギネジは知る由もなかった。
バイト中の博夫を襲った雨
同じ頃、博夫はヒーローに近づくための修行の1つとして、ある「アルバイト」に励んでいた。
「ヒーローとして、いかなるときも平和な心を保つこと」を目標として、遊園地で着ぐるみを着て風船を配っていたのだ。
このバイト選び、目的に合っているのか、間違っているのか。まじめなのか、単なるアホなのか。
それでも、なぜか憎めないのが博夫なのである。
「いっこちょうだい^^」
そう言われて、博夫が子どもたちに風船をあげようとしたとき、あの雨が降ってきた。
博夫はすかさず、子どもたちを必死にかばった。
しかし、この黒っぽい雨によって、博夫が抱えていた風船はすべて割れてしまった!
割れた風船を見て、“平和な心を保つ”どころか、博夫はキレていた。
「今、ヘリウムガス高いのに、許せないいいいい!」
浮かぶ風船の中には空気よりも軽いヘリウムガスが入っているのだが、このヘリウムガスは現在、世界的に不足傾向にあり、価格が高騰しているのだ。
博夫とナミが教えてくれたヒント
プルプルプル♪
博夫の携帯が鳴った。着ぐるみを着ているので、誰からの着信かはよく見えない。
「こんなときに誰だよ~!」
相変わらずキレている。修行の成果はみじんも感じられない。
「博夫、様子はどう? 雨は大丈夫だったかしら?」
電話は、師匠のミギネジからだった。
「あっミギネジさん! 着ぐるみ着ているのであまりよく見えないんですが、風船が割れたので、おそらく雨の成分はリモネンだと思います!」
そう、博夫は第2話でびよーん星人ことゴム風船が現れたときに、ミギネジがリモネンで風船を溶かし、割ったことを覚えていたのだ。
しかし……。
博夫は着ぐるみの頭を取って愕然とした。
風船の残骸には、黒く細長い尖った棒みたいなものが刺さっており、明らかにリモネンではなかったのだ。
「リモネンがよかったよぉぉぉぉ!」
博夫は、覚えたリモネンの知識をフル活用したかったが、残念ながらその夢は叶わなかったわけである。
「着ぐるみって……。博夫の趣味がわからないわ」
電話の情報だけでは、博夫は「着ぐるみを着て外を徘徊していた男性」ということになる。
まさか社会貢献を兼ねたヒーロー修行だとは、ミギネジにはまったく伝わっていない。
こんなところも、相変わらずである。
ミギネジは黒っぽい雨と博夫の隠された趣味が気になって仕方がないが、エンジニアとして会社で勤務中である。
ここは、親友の光波ナミに託そうとしたが、光波ナミからはこんなメッセージが返ってきた。
「ごめん、今日は風邪気味で仕事をお休みしているの。お役に立てなくてごめん……」
「でも、例の黒っぽい雨は、今日私が唯一出せる赤外線を跳ね返すのが見えたわ」
「風邪気味になると、ナミは赤外線しか出せなくなるのか……」
ミギネジは、光波ナミの独特の性質に感動しながら、ありがたくその情報を受け取った。
ボールペンとダイヤモンドに嫉妬するヤツといえば……
今回は、いつも活躍してくれる弟子の博夫や親友の光波ナミがいない……。
そんな状況の中、黒っぽい雨を降らせていた敵が、ついにミギネジの前に姿を現わした!
どうやら敵の姿も、黒く細長い。
よく見ると、不満を口にしながら、黒っぽい雨をまき散らしている。
「君たちが握りしめているそのボールペンを、今すぐ離せ~」
「もっと私たちをダイヤモンドのように大切に扱え~」
不満がピンポイントで独特すぎて、結局何が言いたいのかよくわからない。
ただ、ミギネジは敵のセリフを聞いて、光波ナミのメッセージを思い出した。
「ボールペンのインクは赤外線を通すけれど、同じような“あれ”だったら、ナミの言っていたとおり赤外線を跳ね返すわ!」
さらに、ミギネジの頭はフル回転する。
「ダイヤモンドへの憎しみを持っていそうと言えば、やっぱりあれしかない!」
「ヤツは、赤外線を跳ね返し、ダイヤモンドと同素体の……鉛筆の芯!」
ボールペンのインクは赤外線を通すが、同じく書くときに用いる鉛筆の芯は赤外線を通さず跳ね返す。マークシートで鉛筆を用いるのはこのためである。ミギネジのように大切な書類にサインを書くときは鉛筆ではなくボールペンを使う。
これでは鉛筆の芯がボールペンをライバル視するのも無理はないだろう。
また、鉛筆の芯は黒鉛からできているが、黒鉛はダイヤモンドと同じ炭素である。
これもよく同素体として比較されるが、ダイヤモンドのほうがお高いので、鉛筆の芯が嫉妬するのも理解できる。
「同じ炭素なのに、扱いが違いすぎるんだよー! 同素体とか、何なんだー!」
ワニ口クリップと「アレ」で撃退!
ミギネジは、相手が鉛筆の芯とわかったので、社員にバレないように会社をこっそり抜け出し、敵の足と手にワニ口クリップをつないだ。
そして“あるもの”をワニ口クリップにつなぎたいのだが、明らかに手持ちでは数が足りない。
すると、100円ショップの袋を持った着ぐるみが現れた。
「これですよね? ミギネジさん。予備実験でやりましたもんね!」
着ぐるみを着た博夫を見て、子どもたちが歓喜に沸いていた。
まさにこの瞬間、着ぐるみは博夫の趣味ではなく、社会貢献であったことをミギネジは悟った。
「行け~っ、乾電池!」
ワニ口クリップの間に乾電池を大量につなぐと、鉛筆の芯はまぶしい光を放った。
鉛筆の芯は電気を流すと発熱し、電気の流れる量が多くなると発熱量も大きくなり光るのだ。
電気を流して数分後には、たくさんの煙と強い光を発し、破滅した。
「あ~! 鉛筆はボールペンのようにボールが何回転したか気にならなくて、仕事がはかどる~。それにしても、ボールペンと比較して“こう良くない”とか、ダイヤモンドと比較して“こう良くない”とかさ……、みんな違って、それぞれいいところがあるのにね」
「ミギネジ~! これは何だ!」
明らかに怒っている声が飛んできた。
ミギネジが戦いに出ている間に、上司はボールペンの線まみれの例の書類を見つけてしまったのだ。
ボールペンのインクは、「赤外線」をスルーできるけど、上司の「視線」はスルーできなかったわけである。
「サインの仕方もみんな違って、みんないいじゃないですか?^^」
こうして、平和は守られた。
【ミギネジの予備実験室】
必殺技名:「鉛筆の芯と乾電池」
分野:物理
費用:★★☆、手間度:★★☆、危険度:★★★
《準備するもの》
◎鉛筆の芯などの黒鉛 ※写真では、ご自宅でより実験しやすいシャー芯を使用。
◎ワニ口クリップ
◎単一乾電池
◎ガラスのコップ
◎ビニルテープ
◎はさみ
《実験手順》
(1)2個のワニ口クリップでシャー芯をはさみ、はさんだ部分にガラスのコップを被せます。
(2)単一乾電池(今回は6個使用)を直列につなぎ、ビニルテープでとめます。
そして、乾電池のプラス極とマイナス極にそれぞれワニ口クリップをつなぎ、ビニルテープでとめます。
すると、シャー芯が煙を出しだながら光りはじめました!
数分すると、シャー芯は強い光を発し焼き切れました。
みなさんもぜひ、ミギネジの必殺技を試してみてください!
▼注意事項
・小学生など低年齢の子どもが実験するときは、必ず保護者の指導のもとで実施してください。
・シャー芯や乾電池、ワニ口クリップは熱くなるので、実験中や実験後はしばらく触らないように注意してください。
・火事にならないよう、消火用の水などを用意して実験してください。
五十嵐美樹(いがらし・みき)
科学のお姉さん。1992年東京都生まれ。
東京大学大学院修士課程及び東京大学大学院科学技術インタープリター養成プログラム修了。
幼いころに虹の実験を見て感動し、科学に興味を持つ。学部在学時に「ミス理系コンテスト」でグランプリを獲得後、「老若男女問わず科学の楽しさを伝えるミス理系女子」として、子どもから大人まで幅広い層に向けた実験教室やサイエンスショーを全国各地で主催、講師を務める。
特技のヒップホップダンスで魅せる「踊るサイエンスショー」は好評を博している。