イラスト:桜井葉子
新たな友人もでき、絶好調のヒロインライフ! 街の平和を守るため、今日も科学戦士は立ち上がる!
ピアスで水分子?
私は、ミギネジ。
昼はエンジニアとして働き、夜は誰に言われるでもなく科学戦士をやっている。
前回、光合成三種の神器のひとつである“光”を光波ナミに託すことで自分だけ会議に間に合ったミギネジは、その埋め合わせをすべく、光波ナミにピアスをプレゼントしていた。
「ミギネジ、ありがとう! ピアス、似合っているかな?」
「すごーい、ちゃんとH2Oになっているよ。いい感じ!」
そう、光波ナミの顔を酸素原子(O)、両耳につけた丸いピアスを水素原子(H)だとすると、位置関係的に水分子(H2O)みたいになるのだ!
「水分子だなんて、光栄!」
最初は敵対していたミギネジと光波ナミも、同じ科学戦士同士。カフェで美味しいコーヒーを飲みながらする水分子トークで、打ち解けないはずがない。
女性を追いかける怪しい男
そんな楽しい時間を過ごしていると、2人がいるカフェの2階から、誰かが「キャー」と叫びながら階段を駆け下りてきた。
よく見ると、ドレスを着ていて、童話に出てくるお姫様みたいだ。怖い顔をした黒い服の男が2階から姫を追いかけている……。
姫は大きな声で助けを呼びながら、らせん階段を駆け下りているが、男は2階から飛び降りて先回りするようだ。
ミギネジたちは男を止めたいところだが、ここはカフェ。
さすがにお客さんがいる前で薬品をまき散らすわけにはいかないし、コーヒー豆のいい香りを薬品の匂いにはしたくない。
「ミギネジ、どうする?」
「光波ナミ、借りるわよ!」
「OK!」
ミギネジと光波ナミは、光波ナミの耳についているピアスを1個ずつ手に取り、2階から自由落下してきた男に命中させた。
「行け~、斜方投射!」
そう、この状況は「木から落ちる猿を鉄砲で撃つには、鉄砲はどこを狙って撃てばいいか」という昔からある「モンキーハンティング」問題なのだ。
答えは、「猿が落ち始める位置をめがけて撃てば、命中する」である。
男の自由落下とピアスの斜方投射の式から計算すると、“男が飛び降りた瞬間に落ち始める点”を狙ってピアスを投げれば、男とピアスはぶつかるということになる。
「プスッ」
男は、2人が投げたピアスの針が刺さり、姫を追うのをあきらめた。
こうして光波ナミへのプレゼントは、あっという間に武器になってしまった。
良かったのか、悪かったのか……。
本当の敵が登場! 「シンディvsサンディ」
「先ほどは、助けていただきありがとうございました! 私、シンディと言います」
「何かあったんですか? シンディ姫」ミギネジは尋ねる。
「実は、私が今履いているガラスの靴が狙われているのです。これを履いている人が次の女王になれるのですが、その座を争いガラスの靴を奪い合っているのです」
「ガラスの靴……、女王……、シンディ……、姫……。ん? なんかどこかで聞いたことあるな。でも深入りはやめておこう」
そうミギネジが悟ったとき、新たな女性の声が聞こえてきた。
「ちょっとあなた、何やっているのよ!」
シンディ姫を追いかけていた男は、ガラスの靴を狙う別の姫に雇われていたようだ。
「お役に立てず申し訳ございません! 階段から飛び降りたときに、まさかのピアスが飛んできたのです! 誰が想像します?」
「そんな目立った場所で追いかけるからピアスが刺さるのよ! 今度は私が人目のつかない場所でシンディを追いかけるわ!」
「ふふふ。見つけたわよ、シンディ!」
「出たわね! サンディ!」
「ここは誰もいない。さあ、あなたのガラスの靴を渡しなさい」
「きゃー、助けてー!」
そう、「助けて」の言葉にすぐ反応してしまうのが、ご存じ博夫である。
「大丈夫です、お守りします!」
博夫はすぐに姫たちのもとに現れた。
そして、博夫は姫を抱え、すぐに飛び立った!
でも、飛んだ瞬間に思った。「あれ? どっちがシンディで、どっちがサンディだっけ???」
「私がサンディよ。ガラスの靴も奪ったわ」
博夫は、シンディ姫と間違えて、サンディ姫がガラスの靴を持って逃走するのに協力してしまったようだ。相変わらずである。
「同じ回に一緒に出るなら名前ややこしくしないでくれよ! 覚えられないじゃないかああああー!」
博夫は絶望し、ミギネジに電話した。
「どうすればいいですか?」
「そういうことなら任せて。○×番地の屋外プールに来て」
意外なる「サラダ油」の効力
博夫とサンディが屋外プールに到着すると、サンディはガラスの靴を持ったまま走って逃げ出した。
「ミギネジさん、どうすれば……」
博夫が追いかけてガラスの靴を奪おうとした、そのとき……!
ガラスの靴がプールの中に入ってしまった!
「ちょっと、なんてことするのよ!」
サンディはガラスの靴を探しにプールに飛び込んだが、なんだかヌメヌメしている。
「何なのよ、このヌメヌメは!」
「行け~、サラダ油!」
ミギネジは、プールの中に大量のサラダ油を溜めておいたのだ!
「サラダ油でヌメヌメさせて、攻撃ということですか? それって、すごく原始的な攻撃で科学戦士っぽくないですよね?」
博夫は質問することで、先ほどのシンディ・サンディ取り違え事件の贖罪をしたいらしい。
「ふふふ。ヌメヌメするのも狙いはあるんだけど、他の理由もあるのよ!」
そう、サラダ油とガラスは屈折率がほとんど一緒なので、サラダ油の中にガラスを入れると見えなくなるのだ!
「ガラスの靴がああああああー! 見えないいいいいいー! あとヌメヌメ落としたいいいいー!!!」
サンディはその場から逃げるように立ち去った。
ミギネジ、エンジニアを辞める!?
ミギネジは悩んでいた。
「ここでガラスの靴を自分のものにしてしまえば、エンジニアを辞めて女王になるという新たな進路もあるのだろうか……」
ただ、その考えは打ち消された。
「いや、でも私はエンジニアという仕事に誇りを持っているし、絶対にこの科学戦士は辞めたくない!
そして何より、博夫や光波ナミとも離れたくないわ!」
数々の仕事や戦いを経て、ミギネジは自分の仕事や仲間を愛していることに気づいたのだった。
「これは、あなたのガラスの靴よ、シンディ」
「ミギネジさん、ありがとう」
「でも、1個だけこれもあげるわ」
代わりに、ミギネジは「女王にも水分子になってもらいたい」という衝動を抑えられず、またピアスをあげた。
「ありがとう。あなたのすばらしい仕事を応援しているわ」
こうして、平和は守られた。
【ミギネジの予備実験室】
必殺技名:「ガラスとサラダ油」
分野:物理
費用:★☆☆、手間度:★★☆、危険度:★☆☆
《準備するもの》
◎ガラスのコップ 2つ
◎サラダ油
《実験手順》
(1)ガラスのコップを2つ重ねます。
(2)ガラスのコップとコップの間にサラダ油を注いでいきます。
(3)サラダ油に浸かった部分の、中のガラスのコップが消えたように見えます。
私たちは空気との屈折率の違いでものを認識することができますが、サラダ油とガラスの屈折率はほとんど一緒なので、サラダ油の中ではガラスが認識できなくなり消えたように見えるのです。
みなさんもぜひ、ミギネジの必殺技を試してみてください!
▼注意事項
・小学生など低年齢の子どもが実験するときは、必ず保護者の指導のもとで実施してください。
・サラダ油に浸した後のガラスは滑りやすくなっておりますので、落として割らないように気を付けて実検してください。
五十嵐美樹(いがらし・みき)
科学のお姉さん。1992年東京都生まれ。
東京大学大学院修士課程及び東京大学大学院科学技術インタープリター養成プログラム修了。
幼いころに虹の実験を見て感動し、科学に興味を持つ。学部在学時に「ミス理系コンテスト」でグランプリを獲得後、「老若男女問わず科学の楽しさを伝えるミス理系女子」として、子どもから大人まで幅広い層に向けた実験教室やサイエンスショーを全国各地で主催、講師を務める。
特技のヒップホップダンスで魅せる「踊るサイエンスショー」は好評を博している。