微生物発酵のチカラを活かした日本人のソウルフード、漬け物。昔は各家庭にぬか床があって、住んでいる菌によって家ごとに味が違うなんて言われていました。漬け物にはどんな微生物たちが活躍しているのかご存じでしょうか? こまめにメンテナンスしないとだめになってしまうぬか床はまさに生きものの宝庫。漫画の主人公のように菌が見えて話が出来たら、失敗なく美味しい漬け物がつくれるのに…。
そんな神秘的ですらある発酵食品を、現代科学的な手法で可視化できたらクールだよね!と、発酵食品の科学的解明にいそしむのが、東京工業大学の山田拓司准教授。ぐるなびと共同で日本の発酵食品を科学し、地域の食文化を守り育てる研究を行っています。
今回は、たくあんの製法やその土地の環境の違いによって、菌にどのような違いが現れるのかを調べた成果を論文にされたということで、お話を伺いました!
東京工業大学 ぐるなび 「ぐるなび食の価値創成 共同研究」
日本の各地域にあるその土地固有の食文化や伝統食品・料理。これらに関わる情報と、微生物の解析データ、食品の機能性や栄養性のデータ、統計データと合わせることで、日本の食文化を科学的に解釈し、新たな視点で食の新しい価値を創成しブランド化すること目指す、東京工業大学と株式会社ぐるなびの共同研究講座。日本の食文化を支える微生物(発酵食品)にフォーカスして研究を行っている。
http://comp.bio.titech.ac.jp/gnavi/
画像右)山田拓司准教授:生物実験から得られる様々な情報を、コンピュータを利用して解析し、これまで知られていなかった新たな生物学的知見を見出すバイオインフォマティクスが専門。
画像左)澤田和典さん:大学時代は微生物が持つものづくりの可能性にひかれ、発酵工学、代謝工学を専攻。ぐるなび入社前は化学メーカーでコハク酸発酵、バイオエタノールを研究。
たくあんの製法と製造環境の違いが、菌の違いを生み出す
――たくあんに関する論文を発表したとのことですが、どんな研究なのでしょうか?
澤田さん:秋田の「いぶりたくあん 」と愛知の「渥美たくあん」を比較して、その土地の環境や製造方法の違いによって、それぞれのたくあんに付着している菌にどんな影響があるのかを分析しました。
――結論からお伺いするとどのような結果がでたのですか?
澤田さん:秋田のたくあんでは多くの種類の微生物が検出された一方、愛知のたくあんでは乳酸菌(Lactobacillus)と好塩細菌(Halomonas, Halanaerobium)で半数以上を占め、単調な菌叢になる結果でした。原料のダイコンは、表面の微生物群集に統計的な有意差は検出されませんでした。また、使用するぬかの微生物群集にも差はありませんでした。しかしながら、漬け上がり後のぬかやたくあん表面の微生物群集には有意な差が見られたのです。原料のダイコンでは、秋田も愛知もダイコン表面にいる微生物群集には統計的に優位な差はなかったにもかかわらずです。使用するぬかの微生物にも差はありませんでした。
――作る前の微生物にはそれほど違いがなかったのにも関わらず、出来上がったたくあんでは顕著な違いが見られたと。なぜ、このような違いが出たのでしょうか?
澤田さん:製造手法と気温による影響が大きなファクターになっていると考えられます。
まず作り方の違いですが、秋田のいぶりたくあんは、ダイコンを煙で燻して干した後にぬかに漬けます。対して、愛知の渥美たくあんは、天日で干した後「高濃度の塩を含むぬか」で漬けます。作り方が大きく異なるんですね。また、発酵と言えば温度が重要ですよね。寒さ厳しい秋田県と、比較的温暖な愛知県では発酵過程の菌の活動もかなり異なります。
――確かに暖かいほうが微生物は活発に働きますね。
澤田さんたくあんづくりは冬がシーズンですが、ご存じの通り秋田の冬は非常に厳しいです。そのため菌の活動が抑えられ、もともといた多様な菌がたくあんが完成するまで維持されたと考えられます。寒い中、みんなで息を潜めて静かに過ごしていたイメージですね。一方、比較的温暖な愛知では菌の活動が活発化して乳酸菌発酵がかなり進みます。その結果、発酵後の環境に適応できる強い菌だけが勝ち残ったと考えています。
――微生物によって味にも違いが出るのでしょうか?
澤田さん:予想外の面白い発見がありました。塩が多い環境を好む菌が旨味成分であるグルタミン酸をつくっている可能性がある、という示唆を得られたことです。データ解析の結果、渥美たくあんでは、乳酸菌のほかに塩を好む微生物(好塩細菌)の存在が示唆されました。高濃度の塩を含むぬかでつけこむことが渥美たくあんの大きな特徴です。昔の人たちが編み出した伝統的な製法が、好塩細菌が活動しやすい環境を整え、グルタミン酸生産を促し、たくあんのうま味を強めていた可能性があります。
山田さん:もともと漬け物に塩を入れるのは、腐りにくくするのが目的ですが、塩を好む菌が増えるとうま味の強い美味しいたくあんになる、という新しい可能性を見出すことができました。
澤田さん:今回の結果を受けて、好塩菌が本当にグルタミン酸をつくるのかを検証する研究も進めています。
日本固有の発酵食品には、まだ多くの謎が残されている
――ところで、どうして、ぐるなびと東工大が共同研究することになったのですか?
山田さん:ぐるなびの滝会長が東工大の卒業生で、一緒に面白いことをしようと声をかけてくださったのがきっかけです。ぐるなびの創業からつなぐ想いである“日本の食文化を守り育てる”というコンセプトに共感したので、私の専門を生かせる対象であり日本の食文化の象徴である発酵食品を研究することになりました。
――山田先生はもともと腸内細菌を研究されていたとか。
山田さん:発酵食品と腸内細菌の研究って結構似ているのです。腸内環境は一番菌の多様性が保たれている環境です、おなかの中には微生物が100 兆匹存在していると言われていて、それぞれ作用しあいながら腸内環境が保たれている。人間のおなかの中で菌が群集としてどう働くのかを見るのと、発酵過程で微生物の群集がどう働いているのかを見るのは同じなんですよね。
――どうやって見るのですか?
山田さん:計算科学ですね。メタゲノム解析と呼ばれるものです。解析したい対象をすりつぶして遺伝子を取りだせば、どんな菌がどれくらいいるのかがわかるのです。腸内環境をコントロールする(よく保つ)には、どんなものを食べるのかがとても重要ですよね。食品にどんな微生物がいるのかを知ることは私のもともとの研究の範疇でもあるわけです。
――実際に発酵食品の研究を始めてみて、いかがでしたか?
山田さん:発酵食品にはまだまだ分かっていないことがたくさんありますね。日本の発酵食品の場合、菌の群集を制御する方法は、塩漬けにする、干す、温度変化させる、燻す、の組み合わせです。微生物の存在を知らなかった時代の職人さんたちは、自分の舌や経験を通じて発酵が順調に進む方法を発見してきました。知らず知らずのうちに菌を制御する方法を編み出してきたということなのですが、ミクロの世界でどのような反応が起こっているのかは、実はいまでも分かっていないことのほうが多いのです。メタゲノム解析でどんな菌がいるのか特定して、この手法はこの菌とこの菌がこうなるために行っているんだといった工程の意味を解明してコントロールできるようになれば、もっと簡単に好みの味をつくれるようになるかもしれないし、面白いなぁと思っています。
――発酵をコントロールして自分好みの味にする、そんなことが出来たら楽しいですね!
山田さん:そうですね。でもそんなに単純なことではなくて、同じ方法でも、作る場所が違ったら同じ味にはならないことのほうが多いのではないかなと思います。伝統食品の製法は、その地方の気候や風土に合わせて最もおいしくなるように、長い時間をかけて完成されたものですからね。ただ、残念なことにそんな長年の知恵の集大成ともいえる発酵食品も、食生活の変化や手間暇をかけて作れる人がいないなどの理由から、だんだん作られなくなってきてしまっている。
澤田さん:渥美たくあんも、昭和30〜40年代にかけては、日本で最も生産量の多いたくあんでしたが、いまでは「幻のたくあん」と呼ばれるほど生産量が少なくなっているようです。私たちの研究によって、伝統的な食文化の良さが伝わり、地域ごとの製法や食文化の価値が見直されるきっかけになればうれしいです。
その土地固有の乳酸菌を見つけて食文化とともにブランド価値をつける
――共同研究の目的として、単に発酵食品を科学するのではなく、食文化としての意味づけを目指されているのがとてもユニークですね。文理融合と言いますか。
山田さん:ぐるなびとの共同研究の最大のメリットですよね。大学は、基礎的な研究が本分ですが、そこにぐるなびが一緒になってやっていただくことで、研究にマーケティング視点、ビジネス視点が加味されます。
――たしかに、ぐるなびは全国の食文化に精通されていますね!
山田さん:地域がもともと持っているブランド力と合わせて、研究で発見したその地域特有の乳酸菌を打ち出してブランド化し、その特性を生かした商品開発ができないか、なんてことも考えています。
――地域特有の乳酸菌、ですか。
山田さん:たとえば、地場野菜ってありますよね。菌にも存在するんです、地場菌と呼べるものが。地域に根ざしている野菜に付着する菌ですね。発酵過程で菌の割合は変わってしまいますが、たくあんについている菌は、後から加えたものではなく、もともとの野菜や土に存在した菌を、塩などを入れることによって増やしたり減らしたりしているんですね。
各地の地場の乳酸菌を特定して、「地域性乳酸菌®️」 として研究を進めていく予定です。
澤田さん:調べられていない微生物はたくさんいて、微生物は全体の1%も分かっていないと言われています。北海道産の牛乳、新潟のお米といったように、その地域に存在する菌を見つけてブランド化することによって、その地域と食文化に新しい価値を与えられたらいいなと考えています。
大学で研究を続けていくには
――最後に研究者を目指すリケラボ読者に向けてメッセージをお願いします。
澤田さん:想定外の結果を得られるのが研究の面白いところです。最初になにかを狙っていたわけではなく、たくあんの地域の違いを菌から明らかにしていこうとやっていったら、その先に面白いものが埋まっていた、というのが今回の論文の結果ですね。そういうことを大事にしていきたいと思っています。
山田さん:ぜひ伝えておきたいのは、大学での研究は人材や資金をいかに持続可能な状態を保ち続けるかが重要だという事です。
ぐるなびとの共同研究は、企業のビジネスノウハウを活かし、研究推進にも貢献してもらっています。例えば今回のように研究成果が日本の食文化や技術力の素晴らしさが再認識され、そこに新たな市場価値が生まれますよね。そこで企業が得た資金でさらに研究を進めていく、そういうプラスの循環を研究者自ら創る力が次世代の科学者に必須だと思います。
〈編集部より〉
「秋田のたくあんと愛知のたくあんを微生物レベルで比べるなんて、面白い!」そんな動機でお願いしたインタビューでしたが、メタゲノム解析結果から商品を開発し、地域のイメージアップにつなげていくという予想外の展開に目からうろこが落ちる感覚を味わいました。
たくあんの他に、長野、奈良、京都、福岡、広島、山形などの漬物の研究も進められており、論文をまとめているとのこと。一体、どのような研究結果が発表されるのか。商標登録もされたという「地域性乳酸菌®」を活用した新たなビジネスはどのようなものなのか。今後も引き続き注目していきたいです!
お忙しいところ貴重なお話をありがとうございました。
(本記事は「リケラボ」掲載分を編集し転載したものです。オリジナル記事はこちら)
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