今回は、量子流体力学研究の第一人者で、以前「お茶の水博士にあこがれた幼稚園児が 大阪市立大学理学部長になるまで」の記事にもご登場いただいた坪田誠先生です。先生に人生を変えた5冊を選んでいただきました!
1960年、京都府生まれ。1987年、京都大学大学院理学研究科博士課程修了、理学博士(京都大学)、同年高知大学農学部助手。1990年、東北大学流体科学研究所助教授、1997年、大阪市立大学理学部助教授、2004年より同教授、2018年、理学部長に就任。2006年、第24回大阪科学賞受賞。著書に『量子渦のダイナミクス』(共著)、『量子流体力学』(共著)。
『少年探偵団』(江戸川乱歩・少年探偵シリーズ)
小学5年生の時にたまたま友達の家でこの『少年探偵団』を読んだのがきっかけで、同シリーズに熱中しました。お小遣いを溜めたり、親にねだったりしながら買い集めましたが、一人で全巻揃えるのは難しかったので、友達と協力して、分担して揃えて回し読みをした思い出があります。その後、ルパンやホームズなどの他の推理小説も読むようになりました。
さらにはそのうち、読むだけでなく書いてみたいと思うようになり、実際に自分で推理小説を書いていた時期もあります。
今振り返れば出来栄えは稚拙なものではありましたが、のちに論文など「書く」ことが仕事の重要な要素を占める研究者になったことを思うと、あの頃に育まれた性分のようなものが今につながっているように思えますし、そういう意味でこの少年探偵シリーズこそ、私のキャリアの原点のひとつと言えるかもしれないと思い、今回最初に選びました。
『少年探偵団』(江戸川乱歩・少年探偵シリーズ)
著者:江戸川乱歩
出版:ポプラ文庫
『相対性理論の世界——はじめて学ぶ人のために』
私が科学者になりたいと真剣に考えるようになったきっかけはこの本を読んだことでした。出会いは高校1年生のときに、友人から勧められたことです。当時は今みたいにスマホもないので、電車通学の時間はもっぱら仲間うちでも皆、本を読んで過ごすことが多かったのです。
高校生というのは少し背伸びをして難しい本を読みたくなる時期があったりするもので、この本も最初はそのような興味からでしたが、読んでみて驚いたのはその読みやすさでした。難しい相対性理論について、さまざまな例やイラストを用いて巧みにわかりやすく説明されており、単純におもしろいと感じました。
例えば運動の相対性について、覚えているのはこんな説明です。ロケットに乗って地球から高速で離れていっているとします。ところが地球から離れると、広い宇宙の中では、自分がどのような速度で動いているのか、そもそも動いているのかどうか、わからなくなります。他の星からきたロケットから見ると、もしかすると自分たちはほとんど動いていないように見えるかもしれません。ものが「動いている」というのは、あくまで何か別のあるものに”対して”動いているとしか問題にできないもので、つまりすべての運動は相対的なものである、というような内容でした。「そんな考え方があるのか!」と感心した記憶があります。
(画像出典:『相対性理論の世界——はじめて学ぶ人のために』)
当時の私は、数学や物理学というものは教科書や問題集の中だけのものだと思っていました。受験のために勉強するもので、それ以上の意味を感じていなかったのです。しかしこの本は、数学や物理学が、自分が生きているこの世界を活き活きと写し出すものであり、世界や宇宙が数式で表現できることを教えてくれました。
将来何になるかを特にまだ考えていなかった高校生の自分が、理系の道に進み科学者になる一歩を踏み出す決め手になったのは、間違いなくこの本だったと思います。
『相対性理論の世界——はじめて学ぶ人のために』
著者:ジェームズ・A・コールマン
訳者:中村誠太郎
出版:講談社 1966年発刊
『人間失格』
書籍提供/撮影:リケラボ編集部
こちらも高校1年生の時に読んだ本です。ここまで赤裸々で、えぐるような自画像を描く小説があるのかと衝撃を受けたのを覚えています。『こころ』をはじめとする夏目漱石の作品なども、凄さを感じる小説ですが、人生を変えた本としてあえて挙げるとしたらこの作品ですね。
話の序盤、主人公が子供の頃から持っていた世間への違和感について語っているのですが、実を言うと、私も似たような違和感を世の中に対して持っていました。と言っても当時の自分はまだその違和感をはっきりと自覚はできておらず、高校生になってこの本を読んだことで初めて、自分が抱えていた違和感を言葉として目の当たりにすることができたのです。こんな小説があるのか、こういう文章を書ける人がいるのかという感銘が、強く心に刻まれました。
さらに、『人間失格』を読んだことをきっかけに、小学生の頃に推理小説を書いたのと同じように今度は私小説を書き始めました。誰に見せることもなかったのですが、高校生から大学の2年生くらいになるまで4~5年ほどかけて書いていたので、400字詰め原稿用紙で300枚くらいには達する長編小説になりましたね。
自分自身が何か書きたくなる本というのは、心の琴線に触れたという証なのだと思います。読むと自分の頭の中でイメージや考えがどんどん膨らんでいって、今度は外に出さずにはいられなくなる。人生においてそういう本との出会いがあったことは、とても幸福なことだったと思っています。
『人間失格』
著者:太宰治
出版:新潮社
『Quantum Mechanics』
写真提供:坪田誠先生
この本は量子力学の洋書で、教科書にも使われているような本です。この本を人生を変えた1冊に挙げた理由は、内容はもちろん、その読み方の思い出にあります。
大学3年生の頃でしたが、数人の友人と一緒に、自主ゼミ形式でこの本の輪読をしていました。週1回、朝9時に大学近くの喫茶店に集まり、各自で担当を分けて本の一部を解説しあい、そこから昼過ぎまでディスカッションを行うのがお決まりでした。
英語であることも手伝って本の難易度は大学3年生にはかなり難しいものでした。冒頭から数十ページ読み進めたところで、理解が追い付かずそこから1行も読み進めることができなくなり、自主ゼミの中であらためて最初から読み直して、ようやく少しずつ理解できるようになりました。1行1行を吟味するように徹底的に読むという読み方を初めてした本でもあります。
また、ただ読むだけでなく、その知識をもとに議論を交わすことが学びにとっていかに大切かを体感したのも、この本の輪読の経験からです。それまで勉強といえば、ひとり黙々と問題集を問くだけのイメージでしたが、自分が内容を説明できるようにするために丁寧に本を読み、実際にそれを説明し、そこに質問をもらい、議論を重ねるという、そのプロセスを経ることで、ものごとの理解が格段に深まっていく感覚を身をもって知りました。自分自身の理解が中途半端だと、人にちゃんと説明することはとてもできないですからね。議論を交わすということは、自らの知識を鍛えるにはとても効果的だと思います。
この時学んだ本の読み方は、今でも活用しており、自分が大学の先生になって研究室で学生に輪読を指導する時も、当時の自分の経験がベースになっています。それほど、自分にとってはのちのちまで影響が大きな本でした。
『Quantum Mechanics』
著者:L. I. Schiff
出版:McGraw-Hill Kogakusha
『蝉しぐれ』
最後は歴史小説から1冊挙げさせていただきます。歴史小説は今でも好きで、結構読んでいますが、1つ挙げるなら藤沢周平の『蝉しぐれ』ですね。
藤沢周平の小説は、江戸時代を舞台にしたフィクションがほとんどなのですが、この作品もその一つで、江戸時代の東北地方の架空の藩の青年が成長していく物語です。
藤沢周平の文章は、ものすごく平易で読みやすいんです。その一方で平易な文章にも関わらず、描写が非常に丁寧かつ巧みで、心に残る場面や描写が数多くあります。これは名人芸だと思います。
『蝉しぐれ』で特に印象に残っているシーンが2つあります。ネタバレになってしまうので詳しくは控えますが、主人公と父親との別れのシーンと、幼馴染の女の子との再会のシーンは、今思い出すだけでも涙が出てきてしまうくらい、心にグッとくるものがあります。
余談にはなりますが、学生の論文やレポートを指導する中でも思うことは「文章を書く力は結局どれだけ良質な文章を読んできたかが決め手になる」ということです。あまり本を読んでいない学生の文章は、読むとすぐに分かってしまいます。どうしてというと難しいのですが、表現が単調になりがちで、文章に奥行きがないように感じられてしまうのです。
国語や英語が苦手だからという理由で理系の道に進む学生もいますが、私は「理系こそむしろ読む力・書く力が必要だ」と思います。研究者になれば、それこそ「書くことが仕事」になります。良質な文章を読むことで、書く力も向上しますし、研究の幅や深さにも繋がっていくように思います。これをお読みの方にも研究者を目指す方がいるようでしたら、特に若いうちに琴線に触れるよき本とたくさん出会えることをぜひとも望みます。
『蝉しぐれ』
著者:藤沢周平
出版:文藝春秋
▼坪田先生にご登場いただいた過去記事はこちら
お茶の水博士にあこがれた幼稚園児が 大阪市立大学理学部長になるまで
(本記事は「リケラボ」掲載分を編集し転載したものです。オリジナル記事はこちら)
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