ネコといえば、今やペット界の大スター。2017年には国内のペット飼育頭数でイヌを抜き、1位を獲得。SNSにはかわいいネコ画像があふれ、ネコノミクスという新語も生みだしたほどです。
 
でもこんなに身近で愛されているネコなのに、実は科学的なアプローチによる研究や行動のメカニズム解明はあまり進んでいません。
 
しかしこのほど、ネコのマタタビ反応についてとても興味深い発表がされました。ネコにマタタビを与えると酔ったようになる理由を解明し、喜んでいる以外にも理由があるというのです。これはなんとも興味深い!
 
研究成果を発表されたのは、日本におけるネコ学のパイオニア・岩手大学農学部の宮崎雅雄教授をはじめとするグループです。マタタビ反応の謎をはじめ、いろんなネコのこと、宮崎先生に教えてもらいました!

研究の出発点、ネコのオシッコが臭い原因物質 “コーキシン”の発見

──宮崎先生はネコ学の先駆者として、これまでさまざまなことを解明されてきたとか。もしかして無類のネコ好きなのでしょうか?

ネコは好きですよ。ネコを飼っていたこともありますが、今は自宅に5匹の犬(ボーダーコリー)がいます。ネコは研究室に17匹いて、毎朝1時間ほどかけて学生と一緒に掃除をしたり、日中は交代でケージから出して遊ばせたり、なかなか忙しいです。実験を円滑に、またネコにストレスを与えないように行うために日々世話を頑張っています。

──5匹のイヌ!(笑)猫を飼っていると勝手に予想していて失礼しました。ネコの研究をはじめられたきっかけは?

最初に発見したのは、ネコの尿中に含まれる新規のタンパク質です。学部生の時は獣医学科で卒研は猫の腎臓病についてでした。ネコの血液や尿サンプル処理を行っていると、若くて健康な個体でも結構タンパク尿の陽性が出るんです。それでも元気でぴんぴんしている。これは一体なぜだろうと思って調べたのが、研究を始めたきっかけです。

──人間ではタンパク尿は病気の兆候といわれるのに、ネコは違う、確かに不思議です。

ネコのオシッコって結構くさいですよね。この臭いの原因物質を作っているのが、そのタンパク質でした。臭いの元になっている化合物・フェニリンを生産するときに、タンパク質が酵素として触媒していたんです。そして健康なネコほどこのタンパク質をたくさん出していて、腎臓病になって腎臓の機能が低下してくると、分泌されにくくなります。病気ではなく、むしろ健康の証となるものだったんです。今まで報告されたことのなかったこのタンパク質を、ネコが好奇心旺盛な動物であること、私の好奇心から始めた研究だったことに掛けて「コーキシン」と名付けました。

提供:宮崎雅雄教授

──コーキシン! 面白いです。それに、くさい=健康とは意外です。

獣医師志望でずっと病気という概念でネコを見ていましたから、私自身概念が覆りましたね。そこから動物の生理や臭いに関わる行動に興味が湧き、動物のフェロモンや臭いを介した化学コミュニケーションをテーマにする、私のライフワークとなる研究が始まりました。今はネコだけではなく、イヌについての研究も手掛けています。派生して、匂いの分析法や分析機器の開発も行っています。

新物質・ネペタラクトールを発見し、マタタビ反応の原因を特定

──ネコのマタタビ反応についての論文が話題ですが、メカニズムは不明だったのでしょうか?

1950年代から60年代の日本では、ネコのマタタビ反応は盛んに研究されていました。中でも著名なのが天然物化学(ケミカルバイオロジー)の先駆けと言われる目 武雄(さかん たけお)先生で、マタタビからいくつかの化合物を同定し、ネコにマタタビ反応を起こす活性物質はマタタビラクトンであると発表していました。これは活性を持っている化合物群のようなもので、5種類ほどあります。ただ、なぜマタタビラクトンがネコにだけ作用するかや、反応の意義に関する研究は、その後はあまり手付かずの分野でした。

──宮崎先生はネコの研究を続け、満を持してマタタビ反応を解き明かしにいったということなのですか?

最初から視野に入れていた訳ではありません。というのも、このマタタビ活性物質は市販されていない化学物質なので気軽に手に入らないんです。すると8年前ほどに、名古屋大学の西川俊夫教授から共同研究にお誘いいただきました。先生も高校生の時からマタタビ反応に興味を持っておられ、専門が有機合成ですから化合物の合成が可能です。一方でネコを扱っている研究者が必要で、私に声がかかったんです。

──研究ではどのようなことを目指していたのですか?

基礎研究としてなぜネコがマタタビに反応するのか、なぜネコだけなのか、というところを探ろうとしていました。ネコだけがマタタビ反応に必須の遺伝子を持っている可能性を考え、遺伝子探索からスタートしました。その過程で、既に発表されているマタタビラクトンを合成し、どの化合物がネコに一番活性が強いか検証する必要がありました。液体クロマトグラフィーを使って、マタタビ葉の成分を分離し、ひとつひとつネコに嗅がせていくんですが、やっていくうちに、マタタビの中にマタタビラクトン以外の活性物質があり、それにネコが強く反応していることがわかりました。その新物質が今回発表したネペタラクトールです。これがネコに強い活性を誘起する活性物質だったんです。

自生するマタタビ(提供:宮崎雅雄教授)

──マタタビラクトンではなかったんですか? なぜ今回見つかったんでしょう?

目先生の時代から60年ほど経過していますから、大きく違うのは分析技術の進化です。私たちは目先生と同じ手法で抽出を試みたり、現代の技術を使ったり、いろんな方法を試してみました。しかし、昔の方法ではネペタラクトールが検出できないんです。2年ほど追試験を繰り返して検証を重ね、最終的には技術的な問題だという結論に至りました。昔は抽出に430kgもの大量のマタタビを使っていましたが、処理の過程でネペタラクトールが違う物質に変化してしまっていたことを突き止めました。今は分析機器が発達しているので、葉っぱ数十枚で十分な量の成分が分離できます。

それから、マタタビ研究に上野山怜子さんという学生が加わったことも大きな要因です。彼女もマタタビ研究に魅せられた一人で、日夜必死になって研究に励んでくれたおかげで、研究をさらに進めることができました。

──最新の分析手法を使って見つけたネペラクトールこそが、マタタビ反応を引き起こす原因物質だったわけですね。

はい。しかもイエネコ以外に、ジャガーやアムールヒョウ、オオヤマネコなど、大型のネコ科動物でも同じような反応を起こすことがわかりました。

──具体的にはどんな反応が起こっているんですか?

生物が幸せを感じるとβエンドルフィンという、いわゆる多幸感を感じる幸せホルモンが分泌されますが、これがネコにも当てはまります。マタタビ反応中のネコから採血してβエンドルフィンを測定すると濃度が高くなっていました。また、βエンドルフィンはμオピオイド受容体でキャッチされて作用を及ぼしますが、そのブロッカーとなる拮抗薬を注射したところ、マタタビ反応が消失しました。ですので、間違いなくβエンドルフィンが作用しているということが明らかになりました。ちなみに、鎮痛剤に使うモルヒネもμオピオイド受容体を介して作用します。一種の麻薬のような効果がネコに出ているということが考えられます。

実は蚊よけのため!?ネペタラクトールに隠された驚きの機能

──他にはどんなことがわかりましたか?

私たちはマタタビ反応には多幸感を得る以外にも意味があるのでは、と考えました。ネコ科動物の起源は1000万年ほど遡れますが、生存に関する何らかの必要性のために、マタタビに反応するシステムがネコ科の進化の過程で保存されてきたんじゃないかと仮説を立てたんです。すると、ネペタラクトールに蚊の忌避効果があることがわかりました。実験を繰り返して、ネペタラクトールやマタタビの葉に頭部を擦り付けたネコは被毛にネペタラクトールが付着するので、蚊に刺されにくくなるという結果も出ました。話せば単純ですが、この結論にたどり着くまで、私も上野山さんも休み返上で何度も実験を繰り返し、ようやく論文として公表することができました。

──なるほど、蚊よけ! 野生で暮らしているなら重要な機能ですね。でもマタタビにあまり反応しないネコもいます。どうしてですか?

マタタビ反応は優性遺伝することがわかってきています。だから反応しない親から生まれると、子も反応を示さないのだと考えています。ただ、生存に重要な機能ならすべての個体が持っていていいはずですが、まったく反応しないネコがいる理由はまだわかりません。これについては現在、マタタビ反応を起こす遺伝子を特定するべく、バイオインフォマティックスの専門家と共同で研究を進めています。

マタタビ抽出液からネペタラクトールを精製中の様子(提供:宮崎雅雄教授)

ネコ学が発展するだけでも大きな喜び

──ネペタラクトールの発見はどのような影響がありますか?

蚊は人間にとっても病気を媒介する存在ですから、人間用の蚊の忌避剤や殺虫剤などにも発展させることもできるかもしれません。ネコの研究はマイノリティの世界なので、役立ちそうなものを発見し、研究に注目を集めることができたのは純粋にうれしいです。

──他にも人の役に立ちそうな発見はありえるでしょうか。

人間のために、と常に肩に力を入れなくてもいいのかなと感じています。例えばTV番組で、動物の生態を観察するドキュメンタリーはとても人気がありますが、実用的なメリットを求めてというより純粋に知りたい・楽しいという気持ちからですよね。そんな感覚でネコのことがわかればいいのかなと。もちろん、産業への貢献は可能です。ネペタラクトールは殺虫剤に使えるかもしれないし、悪臭物質を見つければ、ペットのトイレ用品などの開発につながったりします。それに、ネコはとても人気が高い動物なので、ネコ学が発展するというだけでも価値があると思っています。

──先生にとってネコの魅力とは?

ミステリアスで、わかってないことがたくさんあるところですね。ネコの生理はイヌとぜんぜん違いますし、脂質代謝も人間とは全然異なっているようです。先日も、ネコがコレステロールの合成を抑制し、別な匂い物質に変えてしまう経路について学会発表を行ったところです。マタタビ反応だって成果が殺虫剤のようなものに行き着くとは予想外でした。研究視点で見ると宝の宝庫のような生き物です。ネコの研究をしている人はあまりないので、未開拓なテーマが多くて面白いですね。あと、意外かもしれませんが頭もとてもいいんですよ。

提供:宮崎雅雄教授

好きだから、粘る。そして開いた研究職への道

──ネコ学の第一人者でいらっしゃいますが、ここまでの研究人生を振り返っていかがですか。

私は元々獣医師となって動物病院で働くことを志望していたので、ちょうどコーキシンというタンパク質を発見した時に、研究か獣医かの二択には悩みました。動物病院に就職したら、自ら発見したコーキシンの研究は続けられないでしょう。自分が獣医師として働かなくても獣医師の代わりはたくさんいますが、コーキシンは自分がやらなければきっと誰も調べない、そう考え研究を続けることにしました。獣医学科を修了、獣医師国家試験に合格した後は、午前中は大学の附属病院で非常勤講師として、また週末は動物病院で小動物臨床に従事しながら、残りの時間は、実験室にこもり研究を続けました。

──最終的に研究者になった理由は?

動物病院に勤務中、早く研究のできる時間にならないかな、と次第に考えるようになっていきました。指導教員からもきちんと博士の学位を取ったらと助言もあり、社会人ドクターとして博士課程に入りました。3年間二足の草鞋を続けているうちに、自分は研究の方が好きなんだということが自覚できました。なんでだろうと思ったときに、物事の本質を知りたい気持ちが強いんですね。

──伺っていると、好きなことを素直に追求し、成果を出されてきたのかなと。

私は恩師を含めサポートしてくださる研究者に恵まれていたこともありましたが、やはり研究キャリアは簡単ではありません。留学すると国内でのキャリアは止まってしまいますしね。パーマネントの職を得るまでには30近く応募して全部落ちたりもしました。でも研究が大好きで失職するかもしれないぎりぎりまで粘っていたら、母校で就職することができました。今の学生に接していると“成功するかしないか”ということを重視して、時間をかけただけの成果が出ないと無駄だと感じがちのような方が多いように思います。でも何がどんな結末になるかは、やってみないとわかりません。未来が見えていなくても、挑戦することに価値があると思います。目先の利益だけにこだわらず、粘ることは大事だと伝えたいですね。

──その精神が、先生のように道を切り開くことにつながるんですね。

ネコというマイナーな研究対象でも、知りたいという気持ちに正直に地道に続ければ、何かしらの発見をすることができる、ということを知ってもらって、道標になれればと思います。

──今日はネコの奥深さだけではなく、先生の研究人生もお伺いできてとても感動しました。今後もさまざまな研究成果が発表されるのを楽しみにしています!ありがとうございました。

上野山怜子さんと宮崎雅雄教授(提供:宮崎雅雄教授)
岩手大学 農学部教授
宮崎雅雄(みやざき・まさお)教授

岩手大学連合農学研究科卒。博士(農学)。研究員として国内外で経験を積み、2011年より母校の岩手大学にてネコを中心にフェロモンや嗅覚を介した動物の臭覚コミュニケーションの仕組みを研究している。ネコの尿臭を発生させるタンパク質コーキシンを世界で初めて発見し、その後もネコフレーメン反応、マタタビ反応などネコに関する数多くの研究成果を発表している。現在はイヌのフェロモンについても研究中。

(本記事は「リケラボ」掲載分を編集し転載したものです。オリジナル記事はこちら

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