アメリカの乾燥地帯に住むこの虫は、異常なほど強靭な外骨格を持っていて、その頑丈さは自動車に踏まれても潰れないほどだそうです。どうすればそんな強度の殻をつくれるのか? 組成は何なのか? 構造はどうなっているのか? 気になるこれらを、東京農工大の新垣篤史(あらかき あつし)先生ら研究グループが明らかにしました。
同じような材料が作れれば、自動車や飛行機だけでなくいろいろなところで活用できると期待されています。強さの秘密を新垣先生に聞きました。
アイアンクラッドビートルとはどんな虫なのか?
──車で踏まれてもつぶれないなんて、そんなすごい虫がいるんですね!
学名はPhloeodes diabolicus、発音がちょっと難しいですね。アメリカの乾燥地域、砂漠などに生息し、大きさはだいたい2〜3センチ、倒木などに卵を産み付けて成虫になると砂の中にもぐったりして生きています。現地では鋼鉄で武装した甲虫・アイアンクラッドビートルと呼ばれ、車に踏まれても潰れない硬い外骨格を持つ甲虫です。
日本には厳密に同じものはいませんが、コブゴミムシダマシと訳されます。今日はコブゴミムシダマシの呼び方で進めたいと思います。ちなみに甲虫とは硬い前翅(ぜんし)を持っていることが特徴的な昆虫の総称で、地球上に存在する約100万種類の昆虫の約40%、つまり約40万種が甲虫に該当するほど種類が多いと言われており、カブトムシや カブトムシ、クワガタムシ、コガネムシも甲虫です。
──どうしてコブゴミムシダマシを研究しようと思ったのですか。
共同研究者であるエドワード・キサイアス教授(カリフォルニア大学アーバイン校・東京農工大学グローバル研究員教授/兼任)が、地元でこんな虫を見つけたと紹介してくれたのが、研究のきっかけです。彼は日本に研究交流に来ていた際、2か月ほど私の研究室にいたことがありました。
私は当時カブトムシがサナギから羽化し、柔らかくて白い羽が24時間で黒くて硬くなることに興味を持ち、研究を始めた頃でした。
──そういわれてみるとカブトムシも不思議です。
生物なのに固いもの? と思う人もいるかもしれませんが、人間だって骨・歯など固い材料も作っていますよね。生き物に共通するものだと感じて虫の固い構造を研究することにしたのです。
──研究はどのようにして進められたのですか?
まずは他の甲虫とも比較しつつ強さを調べていきました。外からの圧力に対してどの程度の耐久性を持つのか、金属の強度を調べるのと同じように圧縮破壊して強度を計測すると、自重の約3万9000倍相当、133ニュートンに耐えうることがわかりました。近縁種の甲虫と比較しても2倍以上の強度でした。
──すごいですね! どうしてそんなに強く進化してきたのでしょうか。
カブトムシと違って羽は無く飛ばないことから、鳥やトカゲなど捕食者から身を守ろうとしたのだろうと考えられています。つついても中身を食べられない、トカゲが口に入れても簡単にくだけないのであれば、標的にされることもなくなってきます。なぜ地上で生きることを選択したのかは謎ですが、面白いですよね。
強さの秘密はジグソーパズルとバームクーヘン!?
──どうして自分の4万倍近くもの重さに耐えられるのでしょうか?
いくつかの発見がありました。最初は単に分厚いだけだと思っていたのですが、分析していくと、どうやら構造が関係するとわかってきたのです。
一番のポイントは、背中ですね。この虫は飛ばないので羽が開くことはなく、背中にパーツのかみ合わせがあり、パズルのような形で2つのコブがジグソーパズルのピースのように組み合わさっています。かみ合わせが2つある甲虫についてはこれまで報告例がなかったので、この虫独自の構造なのかどうか、他の虫を集めて調べました。しかし、調べたどの虫もかみ合わせは1つだったんです。
──なるほど、自分の両手の指を交互に嚙合わせてみると、強度が出るのがわかります。
それと、外骨格の断面を見て分かる通り、ウエハースや、バームクーヘンのような層になっていますね。こうした層状の構造が、圧力をかけても壊れにくい理由だということも、圧縮試験の結果わかりました。
また組成についても特色がありました。甲虫の外骨格は主にキチンというバイオポリマーとタンパク質という異なる素材でできていますが、コブゴミムシダマシはタンパク質の割合が日本のカブトムシよりも10%ほど高いのです。これも外骨格の強さの秘密になっているのではないかと考えています。
──甲虫のキチンとタンパク質の役割について教えていただけますか?
キチンの層が作られるとき、タンパク質はそれを並べる働きをします。キチンはヒモのようなもので、引っ張ったらブチッと切れる性質がありますが、うまく配向(分子が向きを揃えて並ぶこと。自然界ではよく見られる現象だが、人工的に再現したり制御するのは難しい)して向きを揃えて並べることで、いろんな性質を備えることができます。
サナギから成虫に変わっていく時、キチンが外骨格の層を作っていく過程でタンパク質がくっついて並び方を制御し、短時間で甲虫の表皮を硬くしています。固いというか、正確には「強い」ですね。専門的には靭性(じんせい)と言うのですが、固いというよりは「粘り強い」ので、圧がかかっても簡単には砕けないのです。もっとも、タンパク質の組成が高いことが強度に影響していると証明するには、もうしばらく検証を繰り返す必要があります。
軽くて強い新素材の開発につなげたい
──今回明らかになったコブゴミムシダマシの構造は、ものづくりへの応用が期待されているそうですね。
自動車や航空機など様々な分野で、より強くて軽い材料が常に求められていますよね。そこに応用できると期待しています。もっとも、タンパク質自体は高価なので、そのまま車のボディになるのは難しそうですが、構造がわかれば代替材料が見つかる可能性は高いです。もっと小型のドローンの材料や構造にもなりそうだとイメージしています。
このように、生物のすぐれた性質を真似してモノづくりに生かす学問分野を、バイオミメティクスといいます。
──生き物が長年の進化の過程でつくりあげてきたものは完成度が高くて、ものづくりには、とても参考になりそうです。
まだまだ知られていないことでモノづくりに活かせる性質が生き物にはたくさんあると思いますよ。コブゴミムシダマシも、あまり知られておらずほとんど研究されていませんでした。
研究をスタートしてここまで7、8年かかりましたが、その結果、ほかの生き物には見られない、精巧な構造を見つけられました。生物にはまだまだ知られていないことが山のようにあることを改めて感じましたね。
──先生ご自身は、今後の研究の展開として、どのようなものを考えていらっしゃいますか?
実は今回紹介した以外にも、面白い構造がいくつか見つかっています。それらを明らかにしていきたいですね。たとえば、コブゴミムシダマシは、表面は日本のカブトムシと違ってかなり凸凹していますが、そこに小さな穴があり、あるいは鱗のようなものがついていて、これには体内温度を調節する機能があると予想しています。それが検証できれば建築の部材などにも応用ができそうですよね。
もっとミクロのレベルでも楽しみな可能性があります。キチンとタンパクの2つのメイン素材を活用して、組成の特色を利用することで、いろんな硬さの違う材料を作れて、形も制御されている点をさらに解明すれば、硬さや強さが制御された人工材料を作り上げていくことができ、プラスチックの代替材料となりうるのではないかと期待しています。
専門に固執せずジャンルを超えて研究を楽しもう
──ここからは、研究者を目指す方に向けて、研究のコツのようなものを伺っていきたいと思います。まず、コブゴミムシダマシの研究は、キサイアス教授との共同研究ということですが、どういう役割分担だったのでしょうか。
キサイアス教授が物性、私は組成やタンパク質の解析を担当しました。虫を潰してどう壊れるかを見ていく中、ミクロ構造については私が、彼はマクロな視点で考えていきました。キサイアス教授は、もともとマテリアルサイエンス、つまり化学寄りの材料学者で、一方私は、もともとはバイオ系、物質の組成やたんぱく質の解析、生物的な進化のストーリーといったことに興味を持ち研究していたからです。
──お互いの強みを生かした共同研究だったのですね。
サバティカルという1年間の交流プログラムがあって、日本ではあまり活用されていないですがアメリカでは積極的に活用されていて、彼はそのプログラムを利用して日本に来ていました。その出会いがなければこの共同研究はなかったわけで、人との交流は本当に大事だと感じます。
──異なる専門分野の研究者が組んで、共同で研究することは増えているのでしょうか。
ジャンルを超えた研究は良く起こっていると思いますね。一人の研究者が途中で専門分野を変えることも、珍しくないです。特に海外の研究者と交流していると、そういうケースをよく見かけます。もともと有機化学だった人が無機化学、材料科学に転向したりとかですね。そういう中で、学際的な研究が発展しています。
──分野を限定せずいろんな知見を融合させながら研究を進めていくのは、とても発展性がありそうですね。
そうですね。とはいうものの専門の異なる研究者同士の共同研究はやはり大変です。
生物学者にとっての「膜」と、材料学者の言う「膜」は全然意味合いが違く、初めは意思疎通も大変な状況になりますね。でもそこさえクリアすれば、今回のようにとても面白い研究成果が出る可能性が増えるわけです。
また研究者個人としても、いいことがありますよ。一つの事をずっとやり続けると思い込みが生まれ、新しいアイデアがひらめきにくくなる傾向があります。それを防ぐためにも、積極的にほかの専門分野にも興味を持つように心がけるのは良いことだと思います。
──人との交流、それも異なる専門分野の人との交流が、研究にいい影響を与えるのですね。
私自身は、最初は微生物を研究していました。研究者になると決めて博士課程に進んで海外留学もしました。材料研究との出会いはポスドク時代です。
今は、磁性細菌という微生物と、甲虫という全く異なる研究対象を同時に見ています。この中に共通する事もあれば、違いもある。そういうことから相乗的に新しい考えが生まれます。両方とも結晶性の硬い材料なので、材料研究の知見を活かしながらそれぞれを発展させられるのがいいと思います。
研究者を目指す人へのメッセージ
──最後に、若い研究者や理系の学生に向けてメッセージをお願いします。
研究を続けていく中で、色々迷うことはあると思いますが、最終的には、やりたいこと優先する方がいいと思います。若い方を見ていると、「向いていること」を判断軸に進路を決めようとする人が多い印象がありますが、最後の決め手は「やりたいこと」にこだわって挑戦するのがいいのではないでしょうか。その方が努力できると思います。後で思い悩んで、どうしようかなとか、できそうにもないなと思った時でも、自分が好きで選んだことだからこそ、頑張れます。人生一度きりですので、ぜひ自分が後悔しないように歩んでいただきたいと思います。
新垣篤史(あらかき・あつし)准教授
東京農工大学大学院 工学研究科 生命工学専攻。博士(工学)。磁性細菌を使ってターゲティングするドラッグデリバリーシステムや、ニホンのカブトムシの甲虫表皮等、バイオの分野から新たな材料を見出す研究を行っている。沖縄出身で、ご自身も地元を離れて研究を志した経験から、地方から上京して頑張る学生は特に応援したくなるという熱い思いもお持ちでした。
(本記事は「リケラボ」掲載分を編集し転載したものです。オリジナル記事はこちら)
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