2020年マイクロソフト主催の学生の開発コンテストMicrosoft Imagine Cupで準優勝、ジェームスダイソン財団主催の国際エンジニアリングアワードJames Dyson Award2020(JDA2020)で、国際TOP20にも選ばれるなど世界的に評価の高いコンペで受賞し期待を集めています。
チームリーダーの竹内雅樹さんは、学部卒業時はやりたい研究ができる進学先が見つからず、あわやニートになりかけたこともあったそう。そんな竹内さんが、仲間を得て画期的なデバイスを開発するまでのストーリーを聞きました!
首に装着して人の声を作る新発想デバイス・Syrinx(サイリンクス)とは
——まずはSyrinxについて教えてください。
咽頭がんや喉頭がんなどの原因により、声帯をなくした方々のためのデバイスです。声を取り戻す方法のひとつとして、電気式人工喉頭(EL)と呼ばれる機械がありましたが、20年くらいまったく進化していなくて、マイクのような棒状の形で手がふさがりますし、単調でロボットみたいな音しか出せませんでした。そこで、ハンズフリーで使えて自然な音が出るELを創ろうとSyrinxを開発しました。
——Syrinx(サイリンクス)とはどういう意味ですか?
九官鳥などのスズメ目には鳴管(めいかん)があり、そこを震わせて声を出しますが、その器官の名称がSyrinxです。東京大学先端科学技術研究センター研究顧問の伊福部先生が、九官鳥の発声機構をもとにハンズフリー型の人工喉頭(EL)について研究しておられ、僕たちもそれを引き継ごうとこの名前をつけました。本来はシュリンクスと読むのですが、製品名として独自性を持たせるためにサイリンクスと名付けました。開発チームの名前でもあります。
——自分の声を再現できるということですが、どういう技術なのでしょうか?
AIを用いた独自のアルゴリズムでユーザーの元の声を解析し、その声を再現する振動パターンを作製することで、人に近い原音を生成します。これまでのELは外部から喉に振動を与えて声を生成していました。デバイスを常に喉に押し当てている必要があり、音声も機械的で人の声とは程遠かったんです。
——AIを使って失った声を再現できるのですか!
AIによる生成方法および別の信号処理の方法の両方があります。どちらの方法も声のデータがあればできます。それは自分の声でなくても大丈夫です。
——すごいですね!
首に着けて違和感ない軽さと、つけたいと思えるスタイリッシュなデザインにもこだわっています。
課題をものづくりで解決する産学連携プログラム
——学生チームでここまでのクオリティのデバイスを開発されたなんてすごいですね。
僕が在籍している東京大学に、本郷テックガレージという施設があります。ここは東京大学の学生が技術的なサイドプロジェクトを支援する施設というか、3Dプリンタやレーザーカッターなど工具が一通り揃っている開発スペースで、課題を解決するモノづくりを行うチームが承認された後に利用できます。
東大はスタートアップの支援が非常に盛んで、本郷テックガレージで行われている「東京大学Summer Founders Program(SFP)」も、その一環で実施されているプログラムです。見つけた課題を「モノづくり」で解決したい学生にとって、道具とコミュニティが得られる場所なんです。
——サイリンクスはSFPから生まれたということなんですね。
そうです。「課題を解決するための開発」というテーマで公募があって、そこに応募し採択されました。週一ペースでミーティングがあり進捗確認や助言がもらえて、きめ細やかなフォローがありますね。また食事を兼ねた交流会など他のプロジェクトの方と話せる機会が多かったこともよかったです。最初は僕一人でしたが、そこで技術は持っているけれど、それをどう生かすかがまだ明確ではない、というグループと知り合って意気投合し、チームを結成しました。
——それが現在のSyrinxのチームメイトなんですね。どんな方々ですか?
今は5人のチームで、僕がリーダーとして信号処理を担当しつつ、取材等の渉外担当も行います。もう一人は安(アン)という韓国からの留学生。ハードウェアの電気回路や、音声処理も僕と一緒に行っています。もう一人の李は安の後輩ですが、彼は機械工学科なので3DのCADモデルを作ってもらっています。
後から合流した小笠原は高専卒のデザインエンジニアで、義手や義足のデザイン経験があり、今回は外観のデザインと塗装等、デバイスをきれいに整えて、かつユーザーが使いやすいインタフェースの設計及び実装を担当してもらっています。本郷テックガレージがあったからこそ出会えた仲間たちですね。
また、昨年の11月に新しく入った荒木にはプロトタイプの実装をお願いしています。彼は元々高専でロボコン用のロボットを手掛けていました。彼とはDMM.make AKIBAで出会いました。私たちはDMM.make AKIBAスタートラインプログラムにも属しており活動をしています。
エンドユーザーと共同で開発
——開発にあたっては、どのような点に苦労されましたか?
今の形に到達するのに半年くらいかかりました。最初のプロトタイプは小型の骨導振動子や、咽頭マイクのネックバンドを組み合わせるなど、既にあるものを組み合わせて作りました。でも実際に喉頭摘出者の方に試してもらうと、全然評判が良くありません。
第一の課題は音の大きさ。かすかな音しか出ず、自分でも聞き取れないくらいの音しか出せませんでした。いろいろ試作検討の結果、振動子のサイズを変更することで解決しました。次の課題は「見た目がかっこよくない」。そこでデザインエンジニア出身の小笠原に加わってもらって「つけたい」と思えるデザインに変更し、今のサイリンクスが完成しました。
協力してくださったのは、銀鈴会(ぎんれいかい)という、がんなどの治療のために声帯を摘出し、声を失った人に対し社会復帰を支援しているコミュニティで、今現在も、当事者の方々に試してもらいながら共同で開発を進めています。
大学4年で進路に迷い、あわやニートに!?
——どうして 声を失った方のためのデバイスを開発しようと思われたのですか? 何かきっかけはありますか。
子どもの頃から、スポーツを通じて障がいを持つ人と接する機会は多かったほうだと思います。変に特別扱いをせず「それも個性だよね」という世界になればいいなという感覚がずっとありました。音楽が好きなので、理工学部に進学した当初は聴覚障害のある方に音楽の楽しみを届けたいなと考えていました。
声を失った人に向けてと考えるようになったのは、音に関する授業がきっかけです。
ある時、ゲストスピーカーとして文学部の先生がいらっしゃり、その方の技術にすごく興味を持ちました。ALS患者さんの声を録音しておき、声が出なくなったときにその音声を活用してコミュニケーションを取れるようにするという研究でした。その先生のワークショップのお手伝いに行くようになり、それが声を出せない人たちとの出会いです。学部3年の時にはやはり同じ先生のご縁で、理化学研究所の言語発達研究チームにアルバイトに行かせてもらい、この分野への興味がさらに深まりました。
——所属研究室でも音や言語の研究をされていたのですか?
それが、全然関係ない分野だったのです。一応卒論も出して修士課程への推薦も決まっていましたが、もっと自分がやりたい研究ができそうな海外の大学院も探しました。
——それで見つかったのですか?
それが、見つかりませんでした。方向性の違う研究室に居続けることもできなくて、進学をやめて一時はニートのようになりました(笑)。
——それは結構キツイ体験をされましたね……。
困っていたところに、アルバイト先の理化学研究所の先生が、「ここで1年働きながら進学先を探したらどうか」と呼んでくださいました。ありがたかったですね。翌年、東京大学の臓器の透明化技術やロボットハンドなどを研究しているラボが受け入れてくれることが決まりました。そこは音声の研究はやっていなかったのですが、「困っている人を技術で助ける」というビジョンが同じだったので、入らせてもらうことにしました。
がんで声帯を失った方の動画に衝撃を受ける
——すぐにデバイスの開発に取り掛かったのですか?
始めは別のテーマで研究をしていました。ある日、進学後も続けていた理化学研究所のアルバイト先のラボの先生に「ネットに喉頭がんで声帯を摘出した人の動画があるので見てみて」と紹介され、それを見てとても衝撃を受けました。声が健常者とは程遠いし、支援する技術もデバイスもぜんぜん進んでいないことを知ったのです。これはなんとかしなければ! と思いました。
——そこで具体的にやるべきことが見つかったのですね。
実態を知るために患者さんのところに行ってみることにしました。それが現在も共同で開発を進めている銀鈴会です。時を同じくして本郷テックガレージで課題を解決するための開発というテーマで、SFPが公募をしていることを知りました。それに喉頭がんの方のための発声支援デバイスで応募し、採択されたことで具体的に動き出しました。
具体的な「モノ」で社会を変えていく
——課題を「モノづくり」で解決しようとしている点が、理系的にはかなり共感します。
子どものころから数学が得意だったので「経済学を学んでそれを活かして社会をよくできるのでは」と考えていたこともあったのですが、あるタイミングで、「モノのほうが現実を変えられるのでは、それなら理工学部に行こう」と進路を変更しました。
AppleやGoogleもそうだと思うのですが、モノで社会を変えていく、というのは、僕にとってとてもわかりやすいのです。最終的に「社会のシステムを変えていくこと」が目標だったとしても、まずは現実の「モノ」を変える。とても具体的ですよね。
——SFPのプログラムは期間限定だったと思いますが、その後はどうされているのですか?
開発を続けています。SFP自体は夏休みだけの時限プロジェクトで、終わったらもとの研究テーマに戻ることが前提なのですが、自分が本当にやりたいことは何か……と考えてみると、やはりこれなんですね。銀鈴会の方々のところに通って、普段の生活に困っていることを知ればしるほど、その方が何不自由なく話すことができる社会を作ることが自分の生きがいになっていったからです。それで決意しました。研究室の先生も理解してくれました。
現在は本郷テックガレージのスタッフの方や、アドバイザーの先生に助けていただきながら進めています。伊福部先生をはじめ、音声合成のアルゴリズムを学ばせていただいた東京大学大学院情報理工学系研究科の助教高道先生。それから東大病院の耳鼻咽喉科で実際に患者さんに喉頭摘出手術をしている上羽先生には、声帯周りの構造を教わり、実際の患者さんにSyrinxを使用してもらったりするなど臨床面からのご協力をいただいています。
開発資金は、初めは自腹を切ることもありました。賞をいただいてからは、各段に研究がやりやすくなりましたね。資金面でも大学の支援を受けられるようになり、博士課程に進むこともできました。
昨年もImagine CapやJDA2020など、国際的なコンペで入賞したことがきっかけで、患者さんから直接問い合わせをいただき、メディアの取材も受けるようになりました。大会に出る意義というのはとても大きいですね。今後も、論文執筆や学会発表、コンペティションには積極的に参加して研究費を得て、必ず製品化にこぎつけたいですね。
何でもできる人たちを束ねる、何もできないリーダー
——よい先生やメンバーに囲まれているようですが、一緒にやっていく仲間を増やすコツみたいなものはありますか?
僕自身はあまり器用でなく、何でもできないことが、仲間を作れた理由なのではと思っています。東大生ってやはり優秀ですごい技術を持っているし、一人で独立してやっていけている人が多いです。でも僕は違う。なので、そうしたすごい人たちを見つけては、頼っていくうちに仲間が増えチームができていったという感じですね。
——何もできないなんて、そんな。
チームの仲間たちは本当に器用で、個人で何でも作れる人たちです。でも僕はリーダーでありながら、何もできません。分からないことを素直にわからないと言い、本当に困った時に「誰か教えてください」「困っています、助けてください」と人に言えるようになったのは、僕自身、進学先がなくて困っていたときに助けてくれた人がいたことが教訓になっていますね。それに、声を出せなくて困っている方を救うことを一番に考えているので、プライドは全部捨てて、自分でできないところは人に聞いたり助けをもらったりするということに決めています。
回り道は決して悪いことじゃない
——「技術の力で困っている人の役に立ちたい」その気持ちの並外れた強さを感じます。
思いがここまで強くなったのは、やはり銀鈴会の方々のおかげだと思います。最初は厳しいフィードバックをもらいましたが、伺った際は毎度飲みに連れて行ってもらって、そこでいろんな話ができて、生活の様子も聞きくうちに、この人たちがもっと楽に話せるようになればどれだけいいだろう、どれだけ楽な生活を送れるようになるのだろうと、そればかりを考えるようになりました。患者さんのところに飛び込んだからこそ、いいものが作れたと思います。
——進学についての話も学生さんの参考になりそうです。
そうだとありがたいです。僕自身進学先が見つからないで困っていた時期に、ある大学の掲示板にはってあった新聞の切り抜きに救われた経験があります。タレントさんの記事でしたが、回り道をしてよかったという内容でした。人より遅れるとしても、将来よかったと思える結果につながればいいんだと勇気づけられたことを覚えています。
実際にかなりの回り道をしましたが、やりたいことを頑固に貫いてきて本当によかったと思っています。じっと見守ってくれた両親にも感謝しています。もしあの頃の自分のように、思うような道が見えなくて不安な学生さんがいたら、「回り道をしても大丈夫だよ」と伝えたいですね。
慶應義塾大学理工学部を卒業後、東京大学工学系研究科電気系工学専攻の博士後期課程に在学中。学生プロジェクトにて新しいハンズフリー型で人の声に近い声を出せるEL「Syrinx」を開発。
(本記事は「リケラボ」掲載分を編集し転載したものです。オリジナル記事はこちら)
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