「ワイパーって、かなり昔から形が変わっていないかも?」
フロントガラスの視界をクリアにし、安全運転を支えてくれる名脇役的存在のワイパー。
普段、何気なく使っているこの部品が、形を変えずにずっと使われ続けている理由を教えてもらうために、60年以上に渡ってワイパーゴム(ガラスと接するゴムの部分)を開発/生産し続けている、株式会社フコクさんを取材しました。
実は、変わっていないと思っていたワイパーも、日々進化を遂げていた……?
お話を聞かせてくださったのは、ゴム材料の研究開発を担当する茅野貴則さんと、主に性能評価を担当する川島一騎さんです。
基本構造は100年以上変わらなくても、日々進化している。
──ワイパーは、どうしてずっとあの形なんですか?
川島 自動車用ワイパーが誕生したのはもう100年ほど前。当初は、車に乗っている人が社内のレバーを使って手動で動かして拭くものでした。それからしばらくして自動化し、1960年代には一定時間ごとに自動で動く「間欠式ワイパー」が誕生しました。みなさんが感じるように、確かにワイパーは目に見えた形は変化していないように見えるかもしれません。でも、見た目にはわかりづらくても進化を重ねてきているんです。
進化のポイントとしてワイパーは、主に金属部分のブレードとゴム、そしてガラスの3つがバランス良く機能して、初めて効果を発揮します。車のデザインは時代によって変化しますが、その3つのバランスを崩さないことが重要なのです。
──どんなふうに進化しているのでしょうか?
茅野 たとえば最近の自動車はフロントガラスのカーブが急になってきています。もしもそのまま合わないものを使うと、圧力にばらつきが出て、うまく一律に拭けなかったり、摩擦が強い部分は劣化が早まってしまう恐れがあります。
変に摩擦がかかると動くたびに「キュッキュッ」と音が鳴り、うるさく感じることもあります。そのため、どんな曲面にもフィットするようなワイパーゴムを作ることが求められ続けているのです。
川島 ほかにも、ガラスの表面加工として撥水剤でコーティングされるものも年々増えていて、表面状態に合わせたワイパーを作ることも求められます。ガラスのコーティング剤とワイパーゴムの相性もあるので、幅広い撥水剤に対応できるものも開発していかなければなりません。自動車の進化とともに、ワイパーも柔軟に進化しているんですよ。
──ワイパーの形も変わりませんが、動き方も昔から変わっていませんよね。新しい技術開発もされてきたと思いますが、変わらない理由はあるのでしょうか?
川島 近年、雨水だけを取り除くのであれば超音波で水滴を弾き落としたり、という技術もニュースになったりしていましたが、自動車のフロントガラスには、水滴以外に砂や虫、雪や氷など、いろいろなものが付着します。それらを物理的に擦り落とさなければならないわけです。そのためには、形も動き方も、現在のものが理想的とされています。ちなみに、ワイパーがフロントガラスの汚れを擦り落とすときにはかなり強い力をかけていて、一般的な自動車タイヤの単位面積あたりの圧力の、およそ4倍以上もの力で押し付けられているんですよ。タイヤよりも過酷な状況で使われているとも言えます。
──そんなにも強い力がかかっていたなんて驚きです……! そして、60年以上にわたってワイパーゴムを作り続けているフコクさんにだからこそ、あえて聞きたいのですが……どうして、ワイパーにはゴムが使われ続けているのでしょうか?
川島 これまでにもスポンジなど、ほかの素材でできないものか……という案が出たこともありましたが、実現性を考えるとゴム以外に成り立つものが今のところないんです。汚れや水を拭くのに適した柔軟性、繰り返しの摩擦や強い圧力、日光からの紫外線などへの耐久性、日本のどの地域でも年間を通して屋外の気温に耐えられる耐熱性……など、ワイパーに必要な性能をすべてバランスよく満たしてくれるのがゴムです。ウォッシャー液のアルコールや界面活性剤にも耐性があります。
「きれいに、静かに、長く拭く」ことを追求し続ける
──ここまでお話を聞いて、ワイパーの動きや形状、素材がほとんど変わらない理由、そして進化を重ねているポイントについてわかってきました。ちなみに、進化の過程ではどんなところに着眼点が置かれることが多かったのですか?
茅野 耐久性でしょうか。繰り返し力が加わることによるクセ付きや摩耗がワイパーの寿命を短くするため、材料の配合を変えたり、改良を重ねてできるだけ長く使えるよう工夫しています。「きれいに、静かに、長く拭く」というのがワイパーの基本性能として求められていることなので、汚れを落とせることはもちろん、摩耗による音鳴りをできるだけなくして、長く使ってもらえるものを作ろうと日々改良のために試行錯誤しています。
一点を高めようとすると、別の点がうまくいかなかったりすることもあり、ゴムの配合を検討するうえでバランスを取ることは難しいですが、それがゴムの面白さでもあります。良いものができてサンプルを褒めてもらえたりするとやはり仕事に対するモチベーションも上がりますね。試作品を自分のクルマにつけてみて、「きれいに拭けるなぁ」と嬉しくなることもあります(笑)。
──長年ワイパーゴムの開発を続けられてきたなかで、ターニングポイントになった技術や変化はありましたか?
川島 ゴムに表面処理をしたワイパーを作るようになったことでしょうか。もともとはゴムだけで作っていたものを、表面処理を施して摩擦を下げたことでよりスムーズに拭くことができ、耐久性もアップしました。今では、表面処理は「きれいに、静かに、長く拭く」ワイパーを作り続けるうえで欠かせない要素になっています。
茅野 ちなみに、よく洗車時にワイパーを雑巾などでゴシゴシ拭く方もいますが、あまり強く拭きすぎると、コーティング剤がとれてしまうので、必要以上に拭かないこいとをおすすめします。
──かなり多くの自動車ワイパーに搭載されているフコクさんのワイパーゴムですが、長年使われ続けている理由はどんなところにあると思いますか?
川島 2つあると思っています。ひとつは、「きれいに、静かに、長く拭く」という基本性能がしっかりと備わっていること。これは、ゴムも表面処理のコーティングも、両方が高い品質でバランスよく組み合わせられていることが大きな要因のひとつです。もうひとつは、安定して高品質な製品を供給できること。これは長年のノウハウもありますし、現場で改善し続けるという風土が根付いているからだと感じています。
──お二人がお仕事にやりがいを感じるのはどんなことですか?
茅野 「どうすればより良いゴムを作れるのだろう」と、頭のなかでいろいろ考えて案を出すのは大変なことですが、同時に楽しさも感じています。日頃から、一見ゴムには関係ない文献も読むなどして、アイディアを得ることもあります。
川島 私の場合は、ゴムの材料を試作の形にすることが苦労しつつも面白さを感じるところです。ゴムの知識だけでなく、試作をつくるための設備だったり、設備の使い方だったり。機械関係の知識も必要ですし、製品評価したときの分析力や評価データの整理、解析力も必要になってきます。学生のころは化学だけしかやってこなかったので、さらに幅広い知識が求められるなかで日々勉強しています。
──ちなみに、学生時代は化学のなかでも何が専門だったのでしょうか?
川島 有機化学です。ゴムも高分子なので関連していて、興味を持ってフコクにたどりつきました。それと、学生時代にパン屋でアルバイトをしていて生地を練っていたので、練ることからもゴムにつながっていきました(笑)。
茅野:私も有機合成をやっていたので、勉強してきた知識を活かした仕事がしたいと考えて、ゴム会社などを中心に就職活動をしていました。説明会などで話を聴くうちに、ワイパーって確かにあまり気にしたことがなかったけれど、クルマにとって欠かせないものだと思い、面白いと感じました。
──これから、ワイパーはどんなふうに進化していくと思いますか?
川島 近年、自動車の自動運転化が進んでいて、それによりなくなる部品や、これからなくなるであろう部品も多くあります。そんななか、「ワイパーはこのままなくならない」という意見が多いと感じています。構造としては現時点のものが既に確立されているため、おそらく大きな変化をすることはないのではと思いますが、今後も自動車の進化に合わせて変化する点はいろいろあるはずですし、さらに耐久性を高めたり、軽量化を目指すなど、改良していける点はあると考えています。
茅野 ゴムの話でいうと、ゴムの配合には限りない組み合わせがあって、答えがありません。やろうと思えばどこまででも新しいものを生み出せるという面白さや可能性があるので、今後もさらに良いものを作れるよう工夫していければと思っています。
株式会社フコク
自動車用ワイパーブレードラバー(ワイパーゴム)の生産を中心に、鉄道・産業機械からOA・電子機器まで高シェア製品を多数誇る。グローバルに事業展開を行っており、現時点で9カ国に16拠点を展開。「YES, WE DO!」を合言葉に、社会に貢献するモノづくり、人づくりを推進している。
http://www.fukoku-rubber.co.jp/
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