現在、週刊モーニングで好評連載中の漫画『はじめアルゴリズム』。

主人公の関口ハジメは、数学の天才少年。ところが、周囲の人間は誰もそのことに気が付いていない。そこへ現れたのは、もう一人の主人公である老数学者・内田豊。ハジメの才能を見抜いた内田は、彼を天才数学者へと育て上げようとする。見えない世界を数学で解き明かすため、二人は互いに影響しあい、そして数学を通じて、少しずつ成長していく。

今回は最新4巻の発売を記念して、作者の三原和人氏に話をうかがった。

誕生のキッカケは数学者・岡潔

――『はじめアルゴリズム』は、数学を軸にした成長物語です。なぜ数学という、漫画にするのが難しそうな主題を選んだのでしょうか。

三原:『はじめアルゴリズム』の連載前に、新作のテーマを何にするか、すごく悩んでいました。そこで、僕が少しでも興味のあるテーマをたくさん出して、そこから選ぶことにしたんです。「盆栽」や「漁師」とか、様々な題材を挙げた中で担当編集の方が興味を示してくださったのが「数学」でした。

――もともと三原さんが数学に興味を持っていたんですね。

三原:はい。もともと、僕は哲学に興味がありました。特に批評家の小林秀雄さんが好きで、あるとき小林さんと数学者・岡潔さんの対談本『人間の建設』(新潮社)を読みました。この本では、数学の情緒や数理哲学に触れられていたんです。

岡潔さんは、数学と社会の関係や、数学と人間の関係などに興味を持っている方でした。それで僕も、数学そのものよりは、数学が世界とどう関係しているのかといったことに興味を持つようになったんです。

天才少年ハジメとその師である内田は二人三脚で数学の深淵に挑む

『はじめアルゴリズム』は数学を前面には押し出さず、少年の成長物語として描いていますが、それは数理哲学を描きたいという理由からです。ハジメという子供が、数学と世界に触れて成長していく、という話を描きたいと思ったんです。

――すると、三原さんが数学を得意だとか、数学科出身だとか、そういう理由ではないのですね。

三原:数学は全くできないですし、詳しくありません(笑)。毎週、必死に勉強しながら描いているような感じです。

作中に出てくる数式は、すべて監修の三澤大太郎さん(京都大学 理学系研究科 数学・数理解析専攻 修了)にお願いしています。僕はその説明を聞いて、おぼろげに意味合いを理解している程度です。漫画で意味を表現してはいますが、僕自身が完璧に理解しているかというと、自信はありません……。

どんな数学ネタを使うかは、担当編集の方と話す中で決めていきます。多くの場合、描きたいシーンやストーリーが先にあって、それに合う数学ネタを三澤さんに教えてもらっています。

ちなみに、第1話でハジメが書いていたオリジナルの数学記号も、三澤さんが考案したものです。僕には「独自の記号で数式を書いている」というイメージだけがあって、記号そのものは三澤さんに考えて頂きました。

ラマヌジャンがモデル?

――監修の三澤さんとは、どういうやり取りをしているのでしょうか。

三原:三澤さんにも作品を読んでもらっていますので、作中の状況は共有できています。それで、次はここでこうなるので、ここにはまる数式は何かありませんか、とざっくり尋ねています。

例えば第十二話の、よっちゃんに大文字焼を見せるシーン。あれも先に、『よっちゃんを慰めるためにスマホで大文字焼を再現する』という構想だけがありました。それを三澤さんにお話しし、可能にする計算式を教えて頂いたという感じです。

三角関数を使って大文字焼きの高さを計算し、スマホで再現してみせたハジメ

ただ、小ネタなら自分で探すこともあります。第二話で出したカプレカ数は、ラマヌジャンのタクシー数のエピソードのようなことをやりたいと思い、ググって見つけたものです。

●ラマヌジャンのタクシー数
ラマヌジャンは1900年頃の数学者。彼が入院しているとき、彼の師ハーディが見舞いに来て、こう言った。
「ここに来るとき乗ったタクシーのナンバーが、1729だった。何の特徴もないつまらない数だよ」
するとラマヌジャンはこう答えた。
「そんなことはありません。それは、二つの立方数の和で表す方法が二通りある、最小の自然数です」
以来、1729はタクシー数と呼ばれる。

――ラマヌジャンと言えば、『はじめアルゴリズム』の二人の主人公、ハジメ君と内田さんは、ラマヌジャンとその師ハーディに似ているように見えます。ずばり、この二人がモデルなのでしょうか。

三原:いいえ、実は構想段階ではラマヌジャンとハーディのことは知りませんでした。

数学をテーマに漫画を描くと決まったとき、最初から天才少年と老数学者のコンビというアイディアは浮かんでいました。その後色々調べる中で、ラマヌジャンとハーディのことも知りました。なので、初めの方のエピソードでは少し意識していますが、モデルというわけではありません。

そもそも、ハジメにモデルはいないんです。僕の中で、描いてくうちに勝手に成長していってあのようなキャラクターになったというか。僕の作風として、キャラクターがシリアス方向に行きがちなので、そうならないように明るく天真爛漫な性格にしてはいますが。

天才数学者・ラマヌジャン(左)とその師であるハーディ(右) wikipediaより引用

数学通からの反応は正直怖い

――あまり数学に詳しくないとのことですが、『はじめアルゴリズム』は数学が好きな人達にも好評です。もともとどういった読者層を狙っているのでしょうか。

三原:想定している読者は、普段数学に馴染みのない方々です。正直、数学に詳しい人に読まれると、色々突っ込まれそうで怖いです(笑)。

担当編集の方に聞いたのですが、連載当初から女性の支持が高かったそうです。ありがたいことに、その点は今でも変わらず、女性読者から人気が高い。どうやら、ハジメが可愛いらしいくて。あと、少年と老人のコンビを好きな人も多いようです。なので、今後もそういった方々に届けられればいいなと思います。

あとは、例えば親子で読んで数学に興味を持ってくれたりしたら、嬉しいですね。

――三原さんは普段、数学関連ではどんな本を読んでいるのでしょうか。

三原:色々読んでいますが、やっぱり岡潔さんの本が多いですね。先程話した『人間の建設』のほか、全集を読んでいます。また桜井進さんと坂口博樹さんの『音楽と数学の交差』(大月書店)や、『やさしくわかる数学のはなし77』(学研プラス)をよく読んでいます。

特に『やさしくわかる数学のはなし77』は、本作を描く上でとても役に立っています。これは子供向けの本なのですが、数学の色んな分野の基本的な部分が解説されていて、広く浅く知るのに重宝しています。

最近、作中でトポロジーが登場していますが、それもまずこの本でさわりを掴みました。『はじめアルゴリズム』を読んで数学に興味を持った方には、この本はオススメですよ!

ハジメは「リーマン予想」を解けるのか?

――今後はどういう分野の数学を扱う予定でしょうか。

三原:今はトポロジーや無限に興味があるので、その辺りを出すかもしれません。トポロジーも無限も、数理哲学に触れられそうな気がして、ワクワクするんです。でもどちらもほとんど何も知らないので、これから勉強していくことになりそうです……。

――『はじめアルゴリズム』の4巻を読むと、ハジメ君は最終的にリーマン予想へ迫りそうな気配がありますが。

三原:まだまだ構想段階なのでそこまでは決まっていません。もちろん、ハジメがリーマン予想、もしくは同じくらいの数学の難問に近付く話にできたらいいなとは思っています。もしかしたら最終話は「ハジメがリーマン予想を解いた!」となっているかもしれません(笑)。

ただ、ハジメが難問を『解く』のではなく、『発見する』のも面白いと思います。ハジメは、何かを発見するのに長けたキャラクターです。なので、何百年も解けないような難問を発見して、自分は放浪の旅に出てしまう。そしてハジメが残した問題を、年老いた内田とテジマが解こうとする、とか。そんな最終回もアリかもしれませんね。

数学をテーマにした物語は、問題を解いて終わる話が多いので、問題を作って終わる話は珍しいんじゃないかなと思います。

――それは良いですね! 数学の歴史には、何百年も解けなかった難問が、それを解くために数学全体のレベルを押し上げたという事例があります。ある意味、難問を解くよりも、難問を生み出す方が、偉大な業績と言えるかもしれません。

三原:そうなんですね!なら、ハジメが作った難問を誌面でバーンと出すとか……。もしできたら格好いいですけどね。

――格好いいどころか、歴史に残りますよ!

三原:今から監修の三澤さんに頼んだらなんとか……。いや、さすがに難しいでしょうかね(笑)。

――今後に向けて、抱負はありますでしょうか。

三原:僕は『はじめアルゴリズム』の中で、「数学とは何か」を通して、人間を描きたいと思っています。特に、ハジメと数学を通して、人間の深い部分を描きたい。ですからこの先も、リーマン予想や数理哲学に触れつつ、あくまで人間の姿を描いていくつもりです。

数学が苦手な人も、『はじめアルゴリズム』を読んで、数学が何を見せてくれるかに注目してもらいたいです。

最新第4巻の購入はこちらから