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パン屋の前を素通りできない、あの魅力的な香りにはもちろん理由がある。香りだけではない。パンの焼き色も、どれも美味しそうで、どのパンを買おうかと迷い、なかなか2~3個に絞りがたい。そんな経験、ある方は多いのではないでしょうか?

今回は、パンのプロにその美味しさの科学的理由を教えて頂きつつ、いつものパンが何倍にも美味しくなるプロの技をご紹介しましょう!

パン屋のイメージ
つい買い過ぎてしまう…… phioto by iStock

美味しさの秘密「メイラード反応」と「キャラメル化反応」

パンにはクラストと呼ばれるカリッとした外側の皮部分と、クラムと呼ばれる内側のやわらかい部分とがある。

クラストカラー、つまり焼き色はパンの形やボリューム同様、パンのルックスを決定する重要な要因である。人の感性に「美味しそう」と訴えかける色あいや光沢、すなわち「つい手に取りたくなるパンのクラストカラー」を生む化学反応が、メイラード反応キャラメル化反応である。

パンの風味は主に、焼くときにおこる「メイラード反応」と「キャラメル化反応」によるものである。いずれも複雑な反応であり、解明されていない部分も多い。

簡単にいうと、メイラード反応は加熱時にアミノ化合物と、ブドウ糖や果糖などのカルボニル化合物が反応してさまざまな香味成分などが生成される反応である。キャラメル化反応は、糖質が加熱による水分の蒸発過程で構造が変化して、さまざまな風味をもつ物質が生じる反応である。

パンと窯
メイラード反応とキャラメル化反応がパンの色や風味を生む photo by iStock

やみつきになるパンの香りの正体

ではあの香ばしさはどこからやってくるのか。皮部分のクラストと内側のクラムは、それぞれに異なる香りを持っており、焼き上げ直後はおのおのの香りが主張しているが、時間の経過とともに複合的なパンの香りとなる。

パンの外側、クラストの香味成分はまずメイラード反応によるもので、グルコースと反応するアミノ酸の種類や温度帯によって変化する。比較的低温域では、ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、メチルブタノール類などの香味成分が生成され、さらに加熱していくとエタノール、プロパノール、アセトンなど、そして、最終段階ではメラノイジンなどの香味成分が生成される。

このような複雑な香りは「すみれの花の匂い」「チョコレートの匂い」「チーズの焼けた匂い」「とうもろこしの匂い」などさまざまに表現される。

さらにキャラメル化反応で生じる香りは、温度が上がりすぎると糖質の甘い香りより、焦げ臭が強くなる。この性質をふまえて、クラストの温度が190℃を超えないようにキャラメル化反応をコントロールしながら焼くので、好ましい香りになるのである。

パンの内側、クラム部分の香りは、原料の香りと化学反応による香味成分が複雑に絡み合ったものだ。パンの基本の材料は、主材料が小麦粉、イースト、塩、水、副材料が糖類、油脂、卵、乳製品であるが、それぞれに香りがある。特に糖類や油脂類は使うものによって独特の香りが出る。

たとえば糖類では、ハチミツの花の香り、黒糖やブラウンシュガーの雑分を煮詰めた香りなど。油脂類ではバター、オリーブオイル、オレイン酸など、それぞれに独特な香りがある。

また、化学反応による香りには、イーストのアルコール発酵によって生じるエタノールの香りやそのときに生じる副産物の香り(フレーバー物質)などがある。

パン屋さんから漂う、焼きたてのパンの香りはその大半が皮部分のクラストの香りである。軽い焦げ臭に少し刺激のある甘い香りがわれわれを虜にするのだ。

そのパンを割って内側のクラムの香りをかぐと、今度はツンとした刺激臭(エタノールの香りで、一般にはイースト臭と表現されることもある)を強く感じる。

パンの粗熱がとれて数時間もすれば、内側のクラムの香味成分(一般的には96%以上がエタノールで残りは数十種類以上の成分)は、エタノールや水分の蒸発とともに、外側のクラスト部分へも移り、全体に分散する。一方、クラストの香味成分は、焼き上がり後徐々にクラム部分に浸透していく。

このようにして、時間の経過とともに、クラストクラムの香りが混合されたパンの香りとなるのである。

クラストとクラム
クラストとクラムの香りによって複合的に織りなされる photo by iStock

サクサクしっとりでほんのり甘い食感の秘密

色、香りに魅せられて手にとったパンを、今度は実際に食べる段階では、その食感と味がさらに幸福感をもたらしてくれる。これにも外側部分のクラストと内側部分のクラムの違いがある。

クラストの食感は、パン生地の表面部分の炭化の度合によって厚みが変化する。薄ければ食感は柔らかく感じ、厚ければ硬く感じる。たとえば食パンの場合は「パンの耳」であるクラストの炭化が進めば進むほど、よりサクサク、カリカリといった食感となる。

また、クラストの味は、主にメイラード反応キャラメル化によってつくられた、やや焦げ臭のするほのかな甘味である。

一方、クラムは、加熱によって余分な水分が蒸発し、弾力のあるスポンジ状の組織に変化する。その弾力は、パン生地の小麦粉の種類、水分量の多少、生地をこねるミキシングの強弱や時間の長短などによって変わる。食感はその弾力に影響を受ける。

たとえばタンパク量の多い小麦粉を使用して、やや少ない水分量、比較的長く強めのミキシングをかけた生地で焼き上げたパンは、ほぼ弾力の強い食感になり、モチモチに。これとまったく逆の設定をしたパンは弾力が弱く、サクッと歯切れのいい食感となる傾向がある。

パンの味は、前述の、香りの要因となる物質によるものである。素材そのものからくる風味と、発酵や焼成の際の化学反応やその生成物からくる風味とが、複雑な味わいを作り出す。

素材そのもの、発酵、焼成などが風味を作る photo by iStock

トーストを美味しく焼くコツ

休日のゆっくりとした朝食では、バターをたっぷりと塗った美味しいトーストとコーヒーがあるだけで幸せな気分になれる。トーストの美味しさは、焼き立てのパンとはまたちょっと趣の違った、独特の色、香り、食感が作り出す。

パンは時間の経緯とともに、水分の蒸発、デンプンの老化、グルテンの硬化などによって硬くなり、パサパサ、ボソボソとした食感になる。しかし老化・硬化したパンも加熱すると、焼きたてパンとは異なる美味しさの「トースト」に生まれ変わる。再加熱することによる、新たな化学反応が生じているのだ。

まず加熱することによって、老化したデンプンが再度糊化するという現象起こり、硬化していたグルテンが軟化するので、食パンの白い部分であるクラムの食感をソフトにする。さらに加熱が進み。表面温度が150~160℃になると、クラム表面でメイラード反応が生じるので、トーストに焼き色と香りがつく。

表面温度が190~220℃になると、今度はクラムの糖質がキャラメル化するので、軽く焦げ目がつくとともに適度な焦げ臭をもたらす。

普通にトーストしても美味しいが、さらに美味しくするコツがある。

まずトースターを十分に予熱すること、そして高温で短時間焼成(トースターにもよりますが200℃2分半を目安に)すること、もっとも重要なのがクラムの表面を加湿(パンの表面、裏面に霧吹きで水分を吹きかける)すること。

これでトーストは断然美味しくなる。外側がカリっとサックと、内部は閉じ込められた水分が残りしっとりとして、食感の対比を生み出す。噛んだ時の咀嚼音もまた、美味しさに影響する。

また、科学的には食パンを高温で焼くと、表面は熱く中は冷たい状態で、表面と内部に温度差が生まれる。温度を均一にするために食パンの中では外側の温まった水分が中央に移動。その結果、焼く前よりも、中心部分の温かい水分が増えて、トーストが美味しく焼き上がるというわけだ。

トースト
少しの手間でトーストが美味しくなる photo by iStock

パンと相性抜群、美味しい「ゆで卵」の作り方

パンにはさまざまな種類があり、それぞれが美味しいのだが、トーストと並び昔から無性に食べたくなる、素朴なパンとして卵サンドがあげられる。

作り方はシンプル。潰したゆで卵に少量の塩とこしょう、そしてマヨネーズを加えただけのタマゴサラダを食パンではさむだけ。しかし、シンプルなのに、いやシンプルだからこそ、美味しさに差が出るのだ。タマゴサラダが美味しくなるかどうかは、色鮮やかにいい具合に半熟卵を茹でられるかどうかにかかっている。

そこで、卵の科学的な性質をふまえた、美味しい卵の茹で方を紹介する。

  1. 卵(軽く水洗いする)、塩、こしょうとマヨネーズを準備する。
  2. 茹でる卵に対して十分な容積の鍋で、たっぷりの水道水に卵を浸して常温から茹でる。(茹でるときには十分な熱量がある方が望ましい)
  3. 湯温に注意する。75℃になったら、80℃を超えないように注意しながら茹でる。温度上昇をコントロールするには、火加減と差し水や少量の氷で対応する。茹で時間は湯温が75℃になってから、12~13分が目安となる。
  4. 茹であがった半熟卵はすぐに十分な量の氷水に漬ける(20~30分)。
  5. 茹で卵が十分に冷めたら、殻を剥いてから好みの大きさにカットして、塩、こしょう、マヨネーズを加えてあえる。
卵サラダ
美味しいタマゴサラダをつくるには、卵のゆで方が大切 photo by iStock

この方法で卵を茹でると卵白と卵黄部分がほどよく熱凝固して、茹で卵全体の食感が柔らかくなめらかになる。

これは、卵白タンパク質の約54%を占めるオボアルブミンという成分が、75℃で全体的にプルンプルンと凝固し、卵黄はやや粘りはあるがよくほぐれる程度に凝固するからである。卵黄の持つ風味も損なわずに卵黄の色目も鮮やかな黄色にすることができる。

一方、80℃以上で長く茹でるとオボアルブミンがプリプリの硬めの卵白状に凝固する。また、暗緑色~青褐色の硫化鉄という化合物が生成されてしまい、卵黄の周囲のくすんだ色の原因となってしまう。また卵黄中の色素の分解が進み、卵黄全体の白色化を促してしまうので、温度を上げすぎないことが重要だ。

また、茹であがった卵をすぐに冷却する目的は、余熱によって卵が凝固し過ぎるのを止めて、硫化鉄の生成を防ぐためである。

ぜひ、霧吹きを使ってトーストを、調理用の温度計を使って卵サンドを、作ってみてほしい。読んでいると美味しいパンが食べたくなる『パンの科学』。食べ過ぎにはご注意を!

卵サンド
絶品の卵サンド、食べ過ぎにご注意! photo by iStock

パンの科学 しあわせな香りと食感の秘密

パンの科学 表1

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著:吉野 精一

定価 : 本体1,000円(税別)

ふっくら、もちもち、パリパリ……パンといってもさまざまな食感、形状のものがありますが、そのパンの特徴を活かして美味しく焼くには、科学の力が欠かせません。生地をこね、寝かせ、叩き、形を整えて焼く、どの工程にも、科学的に重要な意味があります。また、焼き上がったパンをより美味しく食べるにも、科学の知識がポイントに! 本書はパンを食べるのが好きな人のための、よりパンを美味しく食べるための1冊です。