博士課程の悩みの1つが、キャリアパスをどのように描いていくかということ。アカデミアに残り研究を続けるか、これまでの研究テーマから離れ、企業に就職するか。大多数の人がこの2択を検討するわけですが、第3の道として「起業」があると、最近あちこちで耳にしませんか? アメリカでは優秀な学生ほど起業する、なんて話も入ってきます。自分の研究を育ててビジネスにできたら夢のように嬉しいキャリアとなりますが、そうはいっても簡単に踏み切れるものではありません。

今回ご登場いただくリードファーマ株式会社の創業者、和田郁人さんは、「起業」という選択肢を選んだ人です。大学4年時に出会った核酸医薬の研究を博士課程まで続け、その研究成果を社会実装するために30歳の若さで起業しました。

どんな想いで起業を決断したのか、また実際に起業してみてどうだったのか、次世代の医薬品と期待されている核酸医薬品の技術動向とともに、貴重な起業体験談を伺いました。

核酸医薬で難病に挑む、国立循環器病研究センター初の創薬ベンチャー

──リードファーマは国立循環器病研究センター初の創薬ベンチャーだそうですね。

核酸医薬という、DNAやRNAを使った薬を開発している会社です。共同創業者でありボスでもある斯波(しば)真理子先生は、脂質代謝の専門家、僕は大阪大学で核酸医薬研究の第一人者である小比賀先生のラボに在籍中に斯波先生のラボへ出向し、共同研究を行っていました。そこで得た技術を創薬につなげるため、リードファーマを設立しました。2019 年のことです。斯波先生のご専門が脂質異常症で、核酸医薬の技術を使って解決したいという想いから、Lipid(脂質)からプロブレムのPを取り除いて患者さんを救いたい、というのが社名の由来です。

──どんな薬を開発しているのでしょうか。

現在は「原発性高カイロミクロン血症」という、中性脂肪が血中に蓄積して膵炎などを起こす難病に対する核酸医薬品を開発しています。先天的な遺伝子異常で中性脂肪を分解する酵素を持たない人がかかる病気です。

──中性脂肪が分解できずに体内に蓄積していったら命にかかわりますね。

中性脂肪が分泌されるのは主に肝臓です。我々の開発している薬は、その肝臓ではたらいて、肝臓から中性脂肪が放出されるのを抑えたり、その分解を促します。

──どういうしくみなのでしょう?

血液中への中性脂肪の分泌を促進するたんぱく質(アポリポタンパク質)があります。これが過剰に働くと、肝臓や血中での脂肪の代謝を阻害します(阻みます)。今開発している薬は、肝臓に届いて、アポリポタンパク質を作る遺伝子を壊す核酸が主成分です。

──病気の原因となるタンパク質をできにくくしてしまうのですね!

従来の医薬品のほとんどが、病気の原因たんぱく質を狙って作用するのですが、開発中の薬は、原因たんぱく質を作る遺伝子に作用して、たんぱく質そのものを作らせないことが可能です。より根本的なアプローチといえます。そのため核酸医薬は、これまでの薬では治療の難しかった病気の治療が可能になると期待されています。

新型コロナワクチンも核酸医薬の技術を活用

──核酸医薬の優れている点について、もう少し詳しく教えてください。

核酸医薬は、遺伝情報を司る核酸(DNAやRNA)そのものを有効成分とするもので、化学合成によって作ります。遺伝子は、ご存じのようにA(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)、C(シトシン)という塩基が長く連なることで情報を保存し、これはアルファベットによるテキスト情報として扱うことができます。つまりコンピューターによって設計することができ、しかもほぼ100%の確率で薬の元となる化合物を得られます。DNA自動合成機に配列を入力するだけで製造可能なので、創薬のDX化を促進します。

──遺伝子情報だけで薬が作れる、しかもデジタル処理なので、人が一つ一つ考えて合成する数百倍、いや数万倍のスピードで作れるということなんですね!

新型コロナウイルスのワクチンが非常に早く実現しましたが、これも核酸医薬の特徴のおかげです。

──遺伝子情報を用いるということですが、遺伝子治療薬とは違うのですか?

遺伝子治療薬は遺伝子そのものが主成分。投与した遺伝子が体内でタンパク質を発現することで効果を発揮します。また、核酸は化学合成で安く大量に作れますが、遺伝子治療薬は生物の働きを利用して製造するという違いもあります。

──核酸医薬にはいくつかの種類があるそうですね。

抗体医薬と同じようにタンパク質を直接狙う「アプタマー」、一本鎖DNAを基本構造とする「アンチセンス」、mRNAを切断して遺伝子の発現を抑える「siRNA」などがあります。我々が得意にしているのは、アンチセンスで、メッセンジャーRNA(mRNA ※ )に結合してタンパク質の合成(翻訳)を阻害します。

※編集部注)DNAの情報が転写されてRNAに、RNAの情報が翻訳されてタンパク質に、というのが遺伝子発現のセントラルドグマ。セントラルドグマの流れで、情報を仲介するタイプのRNAをmRNA(messenger RNA; 伝令RNA)と呼ぶ。

──それにしても遺伝子情報をデジタル処理して薬ができるなんて、革命的なことなのではないでしょうか。

僕も、大学4年で核酸医薬に出会ったとき、「これは万能薬になるのでは!」と感激して研究を始めました。低分子医薬や抗体医薬では難しい、mRNAやmiRNAといった遺伝子を標的とできるので、圧倒的に創薬ターゲットが多いんです。だけど、実際に研究をしてみると、いろいろ課題があることもわかりました。

図表制作:リケラボ編集部

──どんな課題なのですか?

核酸は不安定なので、体内に入れるとすぐに分解され、ほとんど尿中に排泄されてしまいますし、意外と毒性があることがわかったんです。外国の大手製薬会社の臨床試験で毒性が出て開発を断念したものも少なくありませんでした。そのため一昔前は、「核酸なんて薬にならない」といわれて、長らくそのイメージが払しょくできないでいました。しかし、1998年に世界で最初の核酸医薬が承認されたあと、少しずつ開発が進み、とりわけ2013年以降さまざまな適用で新薬が承認されています。

画像提供:リードファーマ株式会社

──長い間核酸医薬の実現を阻んでいた課題が、技術的に解決されてきているということなのですね。

はい、技術革新が進み、新しい創薬技術(モダリティ)として、急速に発展してきています。現在の市場は4500億円程度ですが、2025年には1兆円市場になるといわれています。20兆円ある抗体医薬市場に比べるとまだまだですが、狙える標的が圧倒的に多いので、そのポテンシャルの高さから期待が集まっています。

核酸医薬の課題を解決する、リードファーマの独自技術

──リードファーマならではの技術について教えてください。

先ほど、核酸はすぐに分解されて効き目が出にくいとお話しましたが、それを解決するために、化学修飾で遺伝子に強く結合されるように技術革新がなされました。そこででてきたもうひとつの課題が毒性です。核酸医薬の毒性には大きく2つあり、一本鎖の核酸に非常に多くのタンパク質が吸着して腎臓に蓄積されやすくなり毒性を発揮するパターン、そして標的となるRNAと似た配列を持つRNAに対しても作用してしまい毒性につながるというパターンです。これを回避するためにDDS(ドラッグデリバリーシステム=有効成分を体内の狙った患部や組織、細胞にだけ確実に送り届ける技術)や標的以外のRNAの回避が非常に重要で、当社が得意としている部分です。当社が開発した核酸は、タンパク質の吸着を著しく抑え、狙ったRNAにだけ作用することができ、さらにRNAの分解もある程度抑えられます。吸着と分解、この2つを同時に回避できるのがこれまでになかった技術で特許を出願しています

また、核酸の毒性を低減するには、従来は核酸の配列を変えたり、化学修飾の位置を変えることが定石でした。ですが薬効成分となる核酸そのものを変更していることになるので、薬自体の効果が期待できなくなることが多く、残念ながら開発中止となった化合物が数多くあります。そんな化合物も当社の新たな核酸技術を用いることで、有効となる核酸の構造はそのまま(効果はそのまま)に、毒性を低減させることが可能になります。

──御社の技術で、開発を断念した化合物を復活させることができるかもしれないんですね!

はい、大手製薬会社さんあるいは化学メーカーさんと共同研究のお話も進めています。また、開発を断念した化合物を当社で買い取り、開発することも将来的には大いにあり得ると考えています。

 
核酸医薬の安全装置。核酸医薬の主な毒性機序を回避することで、これまでは難しかったような疾患領域でも治療薬を開発することが可能になる。

──夢がありますし、なによりも患者さんにとって大きな希望ですね。

それに応えたい一心ですね。現在の核酸医薬は肝臓など、投与先が限定されているものがほとんどですが、我々の技術を用いて、脳や心臓など、全身をターゲットにできるようにしたいと考えています。超希少疾患や個別化医療といった、大手製薬会社がコストの兼ね合いでアプローチしきれていない領域も、核酸医薬だからこそ可能だと考えています。

創薬の実感と手ごたえをもとにベンチャーを起業

──ここからは、和田さんのキャリアに焦点をあて、起業という選択に至った背景を伺いたいと思います。創薬に興味を持ったのはいつごろだったのですか?

中学高校時代、身近な人が大病を患い、薬の副作用で苦しんでいるのを目の当たりにして、もっと安全で効く薬を自分でも作りたいと思ったのがきっかけです。

──核酸医薬に出会ったのは4年生の時とのことでしたね。

核酸医薬研究の第一人者小比賀先生のラボに配属になり、核酸医薬の可能性に感激したのは先ほどお話しした通りです。僕自身は、動物実験や細胞など、どちらかというと生物が得意でしたが、創薬には化学合成も必要。小比賀先生のところで、ものづくりの面白さを知って、「創薬がしたい!」という気持ちがさらに強くなりました。

──博士課程では、国立循環器病センターの斯波先生のところにいかれたのですね。

4年時から修士課程を斯波先生と共同研究をさせていただく機会に恵まれ、博士課程でも国循の流動研究員として研究を続けることができました。修士から国循で研究経験を積めたのは大きかったです。

──博士の学位取得後、民間企業への就職は考えなかったのですか? 製薬会社とか……。

せっかく実用化できそうな道筋がみえてきたところだったので、何とか研究成果を社会実装したいという気持ちが大きかったです。斯波先生はそれこそ臨床でたくさんの患者さんを長年診てこられたし、「何としてもこの技術を実用化して1人でも多くの患者さんを救いたい」と。僕自身、核酸医薬をずっと専門にしてきて、「自分がやらなくて誰がやる」という気持ちでした。

──起業という方法をとったのはなぜですか?

アカデミアでの研究は基本的に基礎研究なので、それ以降の応用研究には研究費が下りにくい現状があります。でも創薬においては、基礎研究の次の段階、臨床試験以降のほうが大型の資金が必要です。基礎研究と応用研究の間に横たわるいわゆる「死の谷」ですね。乗り越えるための資金調達に一番適した形としてベンチャーを立ち上げました。

──会社を立ち上げる際、不安はなかったのでしょうか?

楽観主義者なので、そんなにはなかったです。うまくいけば大きな還元を得られますし、たとえダメになったとしても、創薬や企業経営に関するさまざまな経験そのものが価値あるものです。万が一転職することになったとしてもこの経験を買ってくれるところは必ずある、と考えました。

──起業して3年たっていかがですか?

ようやくベンチャー経営の知識が身についてきたなと感じています。資金調達をしたり、事業計画を作ったり、投資家の方々とお話ししたりすることが仕事のメインですね。経営者になって変わったことといえば、研究テーマの検討にあたって、先行特許をまず調べるようになったことです。将来的にはまた研究に専念したいという気持ちもありますが、それよりも今は、研究成果をどう育てるか、いろいろと自分でコントロールできる環境にやりがいを感じています。

──製薬会社も大手だと、研究と開発がわかれていますし、研究部門の中でも仕事が細分化されていることも多いので、研究から実装まで自分で育てていきたい人にはベンチャーのほうが合っているかもしれませんね。

卒業後の選択肢に、ベンチャーはあっていい

──最後に、進路を決めかねている博士課程の人にアドバイスをいただければと思います。

今の時代、企業に就職すれば安泰だとも言い難く、どの選択をとってもリスクがあります。それならば、思い切って自分のやりたい研究を追究していくことに、もっと前向きになってもいいのではないでしょうか。僕自身は、起業してみて、自分の研究を育てている実感、自分の技術が評価される実感を思う存分味わえています。

──主要な大学でアントレプレナーシップのセミナーなど、起業家を育てるプログラムが増え、日本でも起業の土壌が少しずつ整ってきていますね。

アメリカだと優秀な博士ほど起業かベンチャーに行く、とも言われていますが、日本ではまだこれからといったところです。特に創薬分野で僕のような若手研究者の起業は、かなりのレアケースです。でも有望な技術やシーズをもつ人はたくさんいる。仲間が増えたら嬉しいので、ぜひチャレンジしていただければと思います。

──起業に必要なことは何だと思いますか?

ベンチャーにおける資金調達の勉強や、人とのネットワークはもちろん大切ですが、やはり「熱意」ですね。当社の持つ核酸医薬の技術で、一人でも多くの患者さんを救いたいです。

──実用化が本当に楽しみです。アカポスでもなく就職でもなく、「起業」という博士のキャリアの第3の選択肢。実経験をシェアいただき誠にありがとうございました。今後のご発展を心から応援しております!

リードファーマ株式会社代表取締役社長
和田 郁人(わだ ふみと)

大阪大学大学院薬学研究科修了。博士(薬化学)。大学4年時に核酸医薬に出会い、国立循環器病研究センターの研究員となる。研究成果の早期実装を目指し、2019年に同センターの斯波真理子部長とリードファーマを設立。

(本記事は「リケラボ」掲載分を編集し転載したものです。オリジナル記事はこちら

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