そこで理系の“仕事内容”にフォーカスを当て、よくある理系職種について、実際にその仕事で活躍している先輩に詳しい内容を教えてもらおう! という企画を始めました。名付けて「理系の職種紹介」。みなさんの就職/転職活動に役立てるように頑張って取材しようと思います!
今回取り上げるのは『食品分析』の仕事。
食品のパッケージには、原材料や栄養成分、消費期限など多くの情報が表示されています。健康増進に役立つ成分がアピールされているものもとてもよく目にしますよね。
一方で、食品には人体によくない影響を与える物質が含まれている場合もあります。そうした食品中に含まれる成分とその量を科学的な手法で明らかにして、食品の信頼性や安全性を確認するのが食品分析の仕事です。食品分析を行うことで、私たちは、美味しく安全で健康的な食生活を送ることができています。
そんな食品分析の仕事について教えていただいたのは、一般財団法人日本食品分析センターさま。中立・公正な立場で分析試験を行う試験機関です。食品だけでなく飼料、肥料、飲料水、包装資材、医薬品、医療機器、家庭用品、化成品など分析できる対象物は多岐にわたる分析機関のトップランナーです。食品分析においては、栄養成分や有害成分の分析といった一般的な食品分析に加えて、機能性表示食品制度の届出分析を数多く行っている試験機関です。
今回は、機能性成分の定量分析を担当されている高橋遼平さん(2016年入社)に、食品分析の仕事のナカミとやりがい、必要なスキルや心構えについて教えていただきました!
食品分析はなんのために行われているのか
食の信頼性、安全性を確保するために、食品に含まれている様々な成分を様々な手法で分析
食品分析の仕事は、消費者に対して食の信頼性、安全性を確保する仕事の1つです。栄養成分、機能性成分等が表示通りに含有されているかの確認だけではなく、化学物質や微生物、添加物、アレルゲン、残留農薬など、基準値以上のものが入っていないか等、さまざまな成分を分析しています。
日本では、「食品衛生法」が定められており、有害物質や病原菌、異物などについて食品ごとに安全基準が定められ、それに適合しているか検査が行われています。栄養成分の表示も法律(食品表示法)によって義務付けられています。また、製造した食品の日持ちを確認し「消費期限」や「賞味期限」を設定するためにも分析を行いますし、クレーム品や食中毒などなんらかの不具合が発生した食品についても分析を行い、原因を究明します。
食品メーカーでも自社製品についての分析はもちろん行っていますが、外部の第三者が中立・公正な立場で試験を行い試験成績を報告することで、より信頼性が高まると思います。日本食品センターは、食品メーカーや外食産業など食を提供する事業者様からの依頼を受けてそうした分析を行っている第三者機関です。
なかでも私が担当しているのは、機能性表示食品の分析になります。
機能性表示食品とは
不足した栄養を効率よくおぎなったり、健康の維持・増進に役立つなど機能性を重視した食品が日々開発され店頭に並んでいることからもわかるように、食品に機能を求める傾向が年々高まっています。食品の機能が表示されている食品のことをまとめて「保健機能食品」といい、「機能性表示食品」と「特定保健用食品(トクホ)」と「栄養機能食品」の3つに分けられます。どれも科学的根拠をもとに国に届け出が行われたもので、国が定めた基準に従って機能が表示されています。
トクホは、効果や安全性について国が審査を行い認可されます。栄養機能食品は、機能表示を行える成分が定められています。栄養機能食品に指定されている成分以外の体に良い成分を含み、特定の保健の目的が期待できる食品が機能性表示食品になります。GABA、アントシアニン、カテキン、大豆イソフラボンなど、名前を聞いたことがあるものも多いと思います。機能性表示食品を販売するにあたっては、事業者はその食品の機能について科学的根拠に基づいて届出を行わなければなりません。その届出に必要な含有量を測定するのが私たちの仕事です。
機能性成分の定量分析の手順
それでは実際にどのように分析を行っているのか順を追ってご説明しますね。
①分析フローの検討と選択
分析の依頼をいただくと、その食品をどんな方法で試験・分析するか、フローを決めるのが最初の手順です。
食品分析と言うと「ある食品の中に何がどれだけ入っているか」を調べると思われがちですが、実際には「ある成分がどれくらい入っているか」を測定しています。たとえば、その食品の中にどれだけカテキンが入っているか、というようにです。試作段階のものが多いですがすでに市販されているものの成分量の確認というご依頼もあります。
依頼される食品は多種多様です。それぞれの特性に応じて、成分の抽出方法および分析手法を決定します。簡単な方法から、熟練した分析技術者でないと対応が難しい試験方法もあります。一つの分析につき、だいたい2~3週間程度かけて慎重に検討します。この段階で適切なフロー選択ができていないと、十分な分析結果を得られない可能性があるからです。また、お客様が指定した方法で分析するケースもあります。
②ターゲット成分の抽出・精製(前処理)
フローを決定したのち、成分の抽出作業に入ります。
・均一化
分析する食品の形状は多種多様です。例えばキノコや茶葉のように食品そのものを乾燥させたもの、サプリメントのような錠剤状のもの、ドリンクなどの液体、そして生野菜もあります。分析したい成分を抽出するために、まずサンプルを均一化します。すりつぶしたり、ミルやミキサーにかけて細かい粉末にしたり、包丁で細かくした後にミキサーにかけたり。固すぎて均一化しにくいものもありますし、生野菜はどこまでの部分を試験するのかなど目的に応じて方法を工夫します。
・抽出
均一化したあと、抽出します。熱を加えて煮出す、機械を使うなどいろいろな方法があるので、いくつか試して一番効率の良い方法を選択します。液体の場合は、溶媒に入れて振り混ぜると成分が出てくるものもあります。また、超音波の機械で成分を抽出する方法もあります。超音波の場合、粉末に液体を加えると水分がよく染み込み、成分が出やすくなります。
・精製
夾雑物が多く、単純な作業ではターゲット成分の抽出が難しいものもあります。その場合は、抽出後に余計な成分を取り除き、クリーンナップする「精製」という工程を行います。単に余計なものを落とせばいいというものではなく、対象成分をしっかりと残すことが重要です。これには高度なテクニックや経験値が必要で、当センターでもキャリアを積んだ人が担当することが多いです。溶媒を変えたりカラムを変えたりしながら最適な精製方法を探します。
③測定
HPLCなどの測定装置を使い、成分を正確に測定
成分の抽出ができたら、測定に入ります。抽出した試料溶液から成分を高圧で分離して測定します。ほとんどの項目をHPLC(高速液体クロマトグラフィー)で測定していますが、LC-MS(液体クロマトグラフィー質量分析計)ではさらに特異的な測定が可能です。HPLCやLC-MSは機械にソフトウエアを接続して数値を出していますが複雑な仕組みなのできちんと理解しておくことが大切です。機械の種類や成分に応じてカラムを適切な条件に設定していきます。
測定自体はおおよそ1~2日程度で終了しますが、時には試験がうまくいかない場合もあります。例えば,錠剤などを粉末にしたサンプルで、1gと2gをそれぞれ同じ方法で抽出した場合、2gなら2倍の値が出るはずです。そうならなかったときは抽出方法が適切ではないということなので、採取量を変えて抽出したり、煮出す方法から振り混ぜる方法に変更するなどして、再試験を行います。納期内に試験結果を報告するためには再試験分も加味してスケジュールを組むことが大切です。
④データ処理・報告書作成
得られた数値や分析法に関する資料が国に届けられる書類の一つにもなる
測定結果が出たらお客様への報告書としてまとめます。クロマトグラフのピークを見ながら正確にデータをまとめていきます。実験してデータを取って考察を加えるという一連の流れは学生時代の実験と変わりませんが、大きく異なるのは、第三者試験機関として中立・公正で正しい結果を報告する、それが消費者に品質と安全を担保しているという責任の重さです。とくに私が担当している機能性表示食品は、科学的根拠をもとに販売されているものです。消費者庁への届け出に沿った試験を行うことはもちろんのこと、消費者は我々の出した報告書を信頼して購入するものになりますので、常にその責任を感じながら仕事にあたっています。
食品分析試験機関の仕事のやりがい
食の安心と安全に公正な立場から貢献する
ある時、機能性表示食品の試作品で、有効成分の値が想定を下回ったことがありました。その結果をお客様にご報告したところ、含有量の見直しが行われたようで、後日、再試作をして試験のご依頼がありました。製品の開発に自分の仕事が役に立っていると実感できうれしかったですね。
私たちの仕事は、商品の安全性や機能性を保証するという意味で、第三者機関としてなくてはならないものだと思います。皆自分の仕事に誇りを持って働いています。実際に自分たちが分析をしたものが店頭に商品として並んでいるのを見るたびに、やりがいと責任を感じます。
お客様との関わりから、やりがいを感じることもあります。お急ぎの試験に対応したときなど、「助かりました」と感謝をいただくと、素直に喜びにつながります。また、測定がうまくできたときもうれしいですね。先程同じ試料を1gと2gで測定した場合の話をしましたが、結果がきちんと2倍になるような、「試験がうまくいった」と感じられるような瞬間は達成感を感じます。
そのほかにも、ある試験法の改善が出来たことも「いいシゴトができたな!」という嬉しい成功体験になっています。普段からどうしたらもっと効率よく出来るのかを考えるようにしていて、フローを簡略化したり、溶媒を大幅に削減できたり、採取量を10分の1に減らしても従来法と変わらず測定できるようにしたときは、本当にうれしかったです。当センターにはたくさんのデータの蓄積があります。それを土台に検討を重ね、学会でも発表することができました。
食品分析の仕事に向いている人
ひとつひとつの作業を根気強く確実に行い、次の作業に進む
分析の仕事の大部分は、コツコツと同じ作業を繰り返し行います。実験が好きで根気のある人が向いているというのは分析業務すべてに共通する適性だと思います。ただ食品は種類も多様で原材料の品質も一定ではありません。そのため手順通りに行うことを基本としつつも、それぞれの工程での操作を確実に終わらせ確認してから次の作業を決定していく判断力と柔軟性が求められます。各工程における作業をひとつひとつ確実に行い、次の段階に進むことが好きな人に向いている仕事です。分析対象に応じて、手法が異なるので、引き出しを多く持つことが大切になってきます。そういう意味では、好奇心や探求心旺盛な方が向いていると思います。
あとは、「何よりも食べ物に興味をもっている」ということでしょうね。当センターの職員は、食品にどんな成分が入っているのか、プライベートでもパッケージを常にチェックしてしまうような、食に興味のある人ばかりです。
どんな勉強をしておくべきか
専攻分野に関係なくできる仕事。実験の経験は大いに活かせる
当センターでは理学系や農学系の人が多いですが、学部は様々です。私は農学系の大学院でDNAの研究などに取り組んでいましたが。どのような専攻の方でも、実験が好きでコツコツと正確に作業を進めることが好きな方であれば十分活躍できると思います。分析機器の使い方や解析ソフトの扱い方データの見方など、仕事に必要なことは当センターに入社してから学ぶので問題ありません。
新人のうちは分光光度計など比較的操作がシンプルな装置を使い、一つの試験を確実に行えるような基礎を身につけます。その後、HPLCやLC-MSといった、高度な分析装置の扱いを覚え、入社して1年も経つと、複数の装置を同時に動かせるようになります。また分析できる項目も最初は数項目しかできなかったのに何十項目も可能になるという風に、スキルを高めていくことができます。
私は入社して6年で、現在では多数の検査項目についてかなりこなせるようになりました。ですが、これからも新しい検査方法が出てくるでしょうし、複雑な試験法や、難しい検体の精製にも対応できるように技術を磨いていきたいと思っています。食品分析の世界は奥深く、学ぶことが多い世界だと感じています。
編集部より
食べ物を安心して口にすることができるのも、健康に良い商品が開発され私たちの手に届くのも、分析技術者の方々の根気強く熱意ある仕事のおかげということがよくわかりました。
化学分析の対象物はいろいろとありますが、一番身近なのが今回取り上げた「食品」ではないでしょうか。食品は種類が多く原材料の組成も一定ではないため、画一的な手法が通用しないのが、難しくもあり面白いところでもあると感じました。きれいなデータが出たら達成感が味わえそうですし、予想外のデータが出て原因を考察するのも面白そうです。そして何よりも、安心で健康な食生活を守ることに貢献できる仕事として、とてもやりがいのある仕事だと思いました。
ご協力いただいた日本食品分析センターさまは、1949年設立と長い歴史があり、経験の蓄積と最先端の技術で信頼されている試験機関です。機能性表示食品についても、日本において流通している商品のおよそ8割の分析を担っているそう。食品だけでなく医薬品や化粧品など分析対象も幅広く、最新の機器を使い、対応可能な試験項目もとても多いので、いろんな経験をしながら技術を磨くことが出来そうです。
快く取材に応じてくださいました高橋さん、日本食品分析センター様、貴重なお話をありがとうございました。
(本記事は「リケラボ」掲載分を編集し転載したものです。オリジナル記事はこちら)
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