第一線で活躍する理系博士たちはいったいどのような本を読み、そこからどんな影響を受けてきたのでしょうか。自身の人生を語る上で外せない書籍・文献との出会いを「人生を変えた私の5冊」と題し紹介いただく「博士の本棚」シリーズ。
 
第2回に登場いただくのは以前からリケラボが「微生物アート」を紹介する記事でたびたびお世話になっている田中靖浩先生です! 多くの新種発見してきた”微生物ハンター”はいかにして生まれたのか。その源流の一部を紐解いてみたいと思います。
田中靖浩(たなか やすひろ)
山梨大学 生命環境学部 環境科学科 准教授
未知の細菌の発見をメインに研究。論文を出していないものを含めてこれまでに100種以上の新しい細菌を発見している。細菌分類における新たな「門」を発見したことも(これまでに発見されている細菌の門は30ほど。そのうちのひとつを見つけるという大発見!)。微生物を使った環境浄化やバイオエタノール生産などへの応用など環境全体の改善にも取り組む。

『カブトムシ・クワガタのひみつ』(学研まんが ひみつシリーズ)

写真提供:田中靖浩先生

学研まんが ひみつシリーズは、私が最初に科学に興味を持ったきっかけです。このシリーズがなければ今の私はなかったと言えるでしょう。小学校3、4年生頃に『カブトムシ・クワガタのひみつ』『恐竜のひみつ』を読んでみたら面白くて、そのまま当時のシリーズを全て読破しました。

特に最初に気に入った『カブトムシ・クワガタのひみつ』は、ボロボロになるまで何度も読みました。写真は実際の私物ですが、背表紙がなくなってしまったので、これは当時の私が手書きで作ったものです(笑)。内容は、登場人物たちと一緒に、世界中のカブトムシやクワガタを見に行くというストーリーで、世界にはこんなカブトムシやクワガタがいるのか! と興奮しながら読んだのを覚えています。今でこそ世界中のカブトムシを飼育できるような世の中ですが、当時は珍しい種類は図鑑や本でしか見られなかったので、その時の興奮は印象に残っていますね。

今にして思えば「世界の未知の生物をハントする」ということへの興味の原点という意味でも、現在の自分自身に繋がる1冊といえるかもしれません。

『カブトムシ・クワガタのひみつ』(学研まんがひみつシリーズ)
出版:学研プラス 1976年発刊

『怪盗ルパンシリーズ』

写真提供:田中靖浩先生

田中先生のご実家の本棚

上で紹介した「学研まんが ひみつシリーズ」をはじめ、当時漫画ばかり読んでいた私が活字の本を読むようになるきっかけがこの『怪盗ルパンシリーズ』でした。

きっかけは、父親が「面白いぞ」と言っていたことと、当時仲の良かった小学校の友達が、少年探偵シリーズやルパンシリーズが好きだったことです。その友達と競い合うようにして読んでいました。

母が「漫画は駄目だけど、小説だったら好きなだけ買ってあげる」と言ってくれていたので、1冊読み終わるたびにすぐ本屋に連れて行ってもらうのが我が家の日常でした。本を買ってもらうと夢中になって1日2日で一気に読み、また次の本を買ってほしいと言い出すので、親に「もう読み終わったのか?」とかブツブツ言われながら、本屋に連れて行ってもらっていた記憶があります。

実をいうと本の内容自体はあまり記憶に残っていないのですが(笑)、原作は1900年代初頭に書かれた作品でありながら、古さを全く感じずに読んでいたのは、今思えばすごいことだなと思いますね。

『怪盗ルパンシリーズ』
著者:モーリス・ルブラン
訳者:南洋一郎
出版:ポプラ社 1958-1980年発刊

『Quark』(科学雑誌)

『Quark』(創刊号)

学生時代によく読んでいた雑誌です。身近な科学に関する話題がわかりやすく解説されていて、片道2時間の電車通学中や、実験の合間などによく読んでいました。『日経サイエンス』や『Newton』など他の科学雑誌もありましたが、『日経サイエンス』は専門以外の分野については当時の私には難しかったり、『Newton』は当時は宇宙系のネタが比較的多かった印象で、いずれも興味のある特集のときだけ買う感じでした。そんななか『Quark』は毎号楽しみに読んでいましたね。難しいテーマについても一般の方でも思わず読んでみたくなるような書き方がされていて、いつも感心させられました。どうしたら専門的な研究をわかりやすく人に伝えることができるか。自分にとってその創意工夫の原点にもなっている気がします。

私の場合は専門は微生物ですが、『Quark』を読んでいたことで、分野を超えた様々な知識の収集にも役立っていたように思いますね。専門にとどまらない幅広い知識が研究の助けになることはよくあることですから、今も刊行されていれば学生に勧めていたと思うのですが、休刊になってしまっているのは、非常に残念です。

『Quark』
出版:講談社 1982-1997年発刊

『クラゲに学ぶ ノーベル賞への道』

写真提供:田中靖浩先生

ノーベル化学賞受賞者の下村脩先生の自伝です。研究の内容も楽しく読みましたが、私が一番印象に残っているのは、日本の研究者について言及している箇所です。「日本の大学の先生は研究室を持つと多忙になってしまい実験をしなくなってしまうが、それはもったいないことだ」「研究室を持つような先生は実験のテクニックでもおそらく研究室で1番なはずである。それにも関わらずその先生が実験をやらず、初心者である学生が実験をしてデータを出すのは、効率的ではない。最高のデータを得るためには、先生自身が動いてやらないといけない」といった主旨のことが書かれていて、なるほどそうだ、と膝を打ちました。

私の父親は技術者なのですが、実は本を読んだのと同じ頃にその父から「技術者が社内で昇進して立場が上になると、現場で手を動かすことがなくなってしまう。それは本当に後悔していることだ」という話を聞いていました。下村先生の話と父の話が重なり、また私自身も研究室を持って以前より実験を行うことが少なくなり始めていた時期でもあったので、はっとしました。この本をきっかけに、自分は40代50代になっても研究者として実験の手を動かしていたいな、と思うようになりました。

『クラゲに学ぶ ノーベル賞への道』
著者:下村脩
出版:長崎文献社 2010年発刊

『追跡!辺境微生物 砂漠・温泉から北極・南極まで』

写真提供:田中靖浩先生

最後は、私の微生物ハンター仲間でもある中井亮佑先生の本を紹介させていただきます。タイトルを見てもらえればわかりますが、中井先生はかなり気合いの入った微生物ハンターで、すごくエネルギッシュな方です。これは学生の方にとりわけ読んでもらいたい1冊ですね。授業でも「この本良いよ!」と紹介しています。

この本はいわば冒険紀行で、辺境の地に微生物のサンプリングに行くおもしろい話がたくさん紹介されています。ヘリで南極に飛んで行き湖の底に沈む微生物を調べに行ったり、かたや北極ではホッキョクグマが出ると危ないのでクマハンターに同行してもらったり……臨場感たっぷりで、まるで一緒に同行しているかのような気分になります。本の序盤には微生物の基礎的な解説も含まれていますので、微生物の勉強にもなります。

この本を読んで、自分も微生物ハンターになりたいと思ったり、中井先生のように行動力にあふれた研究者になる学生が出てきてくれたら嬉しいですね。

『追跡!辺境微生物 砂漠・温泉から北極・南極まで』
著者:中井亮佑
出版:築地書館 2018年発刊

▼田中先生にご登場いただいた過去記事はこちら
バクテリアでお絵描き! 山梨大学 田中靖浩先生に「微生物アート」のコツを教わってきた!

(本記事は「リケラボ」掲載分を編集し転載したものです。オリジナル記事はこちら

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