切った別々の植物の枝や茎を固定しておくと組織がくっついてつながる「接木」。その歴史は古く、紀元前から始まったとされている、とてもポピュラーな農業技術です。どんな植物同士でもくっつくというわけではなく、近い系統の植物同士しかつながらないとされていました。

ところが、長年誰も疑うことのなかったこの常識に反して、タバコが例外的に科目を超えて接着することがわかったのです! 発見したのは名古屋大学の野田口理孝准教授。さらにそのメカニズムには、ある酵素がカギとなっていることも突き止めました。

この研究成果は、農業に大きなイノベーションを起せる可能性があります。それよりも何よりも、新しい植物現象の発見ということ自体に、純粋にワクワクさせられますよね!

ただ、すごい発見をしても研究成果として発表するまでには、大小さまざまな壁があることも事実。研究を継続できた過程についてもじっくりお話ししていただきました!

接木の固定観念をひっくり返した大発見

——2000年もの歴史がある接木で、定説がひっくり返される発見をされたとのこと。すごいですね。接木とはそもそも何でしょうか。

植物が自分自身の傷を治す修復能力を利用して、異なる個体同士をつなげる手法です。農業や園芸で盛んにおこなわれていて、美味しさや、耐病性、成長スピードなどを向上させたり、綺麗な花を咲かせるなど古くから利用されてきました。あまりにも歴史が古いので、もう確立された技術だとして、改めて研究しようというモチベーションを持ちにくい分野だったのだと思います。

植物免疫という免疫機構の働きで、同じ科目の植物同士でなければ接ぐことができないというのが、植物学の長年の常識でした。

©︎グランドグリーン株式会社

——そんな状況の中、どうして先生はタバコが違う科の植物をつなげられることを発見されたのですか?

私はもともと植物の基礎研究をやっていました。植物は、自ら場所を移動することができないので、与えられた環境で生き抜くためにどういう生存戦略を持っているのか、その原理原則を知りたいと思っていたのです。どうやら、季節や環境に合わせてイベントを発生させるシグナル分子を体内で移動させて、葉を大きくしたり、花をつけたりタネを飛ばしたりしているようだと考えられていて、それを証明したいとアメリカで研究を続けていました。

——それがどうして接木の新発見につながったのでしょうか?

2種類の植物を接木でつないで、片方の植物にしかない分子が、もう片方の植物で検出されたら、分子移動の100%確実な証明になりますよね。つまり、あくまでも、もともとの研究を達成する手段として接木を始めました。

——でも、科の異なる接木は不可能とされていたのですよね?

同じ科の植物で接いでしまうと分子が似ていて、出てくる情報の識別がしにくいため、なるべく違うもので接木を実現する必要がありました。ダメ元で身近な実験植物を手あたり次第接木していき、想定通りことごとく失敗しましたが、これで最後、とあまり期待せずにタバコにチャレンジした結果、予想に反して接木できたのです。

——まさかの大成功! それで接木を研究することにされたのですか?

いえ…、その時は「たまたまだろう」と考えてスルーしてしまったんです。

——なんと。

帰国後に名古屋大学大学院の研究員となり、タバコが他の植物とどこまで接木が可能なんだろうと遊び感覚でやってみたところ、色々な植物にくっつくのでだんだんシリアスに考えるようになっていきました。なぜそんな能力を発揮することができるのか?「これは自分のもともとの研究をおいてでも、やるべき大事な発見では?」ということがだんだんわかってきたのです。2013年頃から試験を重ねて、2014年には間違いないという確信を得ました。

——それで本格的にタバコの接木能力について研究をはじめられたのですね。

©︎グランドグリーン株式会社

仲間でなくてもくっつく!タバコは非常識な植物

——研究はどのように進められたのですか。

まず従来行われてきた接木についての科学的な考察が必要でした。それだけでゆうに5年がかかっています。通常の接木(近いもの同士の接木)の過程で植物の中で起こっていることを理解したうえでないと、タバコの特徴を特定できないからです。

——5年!

数多くの植物を調べ、その植物自身の接木とか、仲間同士の接木のデータも全部調べたところ、つながる時にある酵素タンパク質が働いているということがわかりました。β1,4-グルカナーゼという植物の細胞壁を構成するセルロースを溶かす消化酵素です。

——酵素の働きでセルロースが溶けた後、組織がつながることで接木が完成するんですね。

この酵素は、遠い系統の植物を接木されても発動しません。自分の情報が相手に漏れることを防ぐためです。ところが、タバコはその制御がおかしくて、誰が相手でもそれを発揮するということがわかりました。7種のタバコ属植物を穂木(上に据える木)にして、42種類の科の84種類の種と異科接木を行い、38科73種で接木が成功しています。

——なぜタバコはそうなんでしょう?

そこを解明するため、寄生植物に着目しました。遠縁の植物をつなぐことはできないといいましたが、自然界を見ると赤の他人に寄生して栄養を吸い取ってしまう寄生植物がいるなと気づき、もしかしてタバコの接木と同じ現象かもしれないなと考えたのです。寄生植物をホストになる植物に接木してみたところ、やはり接木できました。寄生植物でもタバコと同じようにβ1,4-グルカナーゼが働いて、細胞壁を溶かすことがわかりました。自然界には元々私が発見したタバコと同じような仕組みが存在していたんですね。

先生が研究に使用した寄生植物。その仲間のストライガ・オロバンキは、南アフリカで畑に生息して作物に寄生、甚大な被害を及ぼす

——β1,4-グルカナーゼが発動すれば、理論上はどんな植物でもくっつけられるということですか?

よほど特殊な植物が出てこない限りは、一般論としてはくっつくことが可能だと思います。仲間内の接木でもこの酵素の働きを良くしてやると、劇的に効率が良くなることがわかっています。極端な生物現象を調べることで、植物にとって一般的な現象を見つけることができました

―農業分野でいろいろな応用が出来そうですね!

耕作地に向かない土壌でも育つ植物や、病害虫に強い作物をこれまで以上に効率的に作ることが可能になりそうです。でも、今の段階はつながる仕組みの一部がわかっただけで、実用レベルにするにはまだまだ研究が必要です。プレスリリースで発表した菊の台木にタバコを介してトマトを接木したものも、実ってはいますがよく見ていただくと、数としては少ないのがわかると思います。

——くっついてはいるけれど、完全な状態ではないということなんですね。

他にも接木のカギとなる遺伝子が働いているはずなのでそれを特定し、傷ついた組織が全てつながることが目標です。そうすればトマトももっとたくさん実るようになりますね。

発見を研究成果につなげるために

——アメリカで最初にタバコの接木能力に気づいてから、成果の発表まで8年かかったことからもわかるように、発見した新現象を、科学的根拠をもった研究成果としてまとめるのは本当に大変なことですね。

本当にそうですね。実験も解析も膨大に行う必要があり、人件費もすごいかかる研究なので、当時ポスドクの身だった自分の手に負えるとは到底思えませんでした。任期も迫っていましたし。

——どのようにして、研究を続けることができたのですか?

少し大げさですが、「これは人類の共有財産にすべき発見だ、なんとかしなければいけない、ほかの人の名前で出ても構わない」と思い、色々な方に相談したんです。実験力のある立場の人たちに発見したことを紹介して、誰かにやってもらえませんかと訴えていきました。

——自分の発見なのに、人に譲られる気でおられたんですか!?

研究者だったら普通は、「自分の名前で発表したい」と思いますよね。ですが、これに関しては、そういうことを超えた発見だと思いました。誰かにバトンをつながなければいけないと必死で…、使命感のようなものがありました。恩師はもちろんのこと、勇気を出して、理研の白須先生のような大御所と言われるような先生にも「初めまして」とコンタクトを取りました。

——皆さんの反応はどのようなものだったのでしょうか?

植物科学の研究者の間でも驚きの現象だったので、もちろん反応はしてもらいました。ただ、皆さんそれぞれの研究を抱えておられますし、引き受け手は見つかりませんでした。その代わり、セミナーや講演の機会をいただけるようになり、知名度が上がるにつれて、部分的になら実験のお手伝いしますよと申し出てくださる方がいらしたり、研究費の申請にあたっても、いろんな先生方がアドバイスをくださったりと、本当にたくさんのサポートをいただきました。特に理研の白須先生はサブプロジェクトチームを作ってくださいましたし、私のポスドクの受け入れ先だった名古屋大の東山先生からも有効なアドバイスをたくさんいただきました。数多くの方の助けを得て、研究を継続することができ、今回の発表に至りました。本当に感謝しています。

植物研究を志す方へのアドバイス

各国のいろんなところから相談をたくさん受けています。農業国で関心が高く、アメリカの農務省が力を入れてやっていこうとしています。ヨーロッパからも問い合わせがすごく増えていますし、中国も接木の普及率がとても低いので、かなり注目していますね。国際的な接木のカンファレンスも次々と立ち上がっていますが、そこに呼ばれることもあり、少なくともこの分野のキーパーソンの一人だと考えてもらえているのかなと思います。

ずっとやっているシグナル分子の研究は突き詰めたいですね。難しすぎて撤退する人も多いのですが、やはり基礎研究は成果を出せたときのインパクトが大きいですし、一番やりたいことです。接木についても、応用よりも基礎科学の部分でまだまだ明らかにしたいことがあります。

——植物分野で研究を続けるのは他の分野よりも難しそうというイメージがあります。

医学薬学などに比べると植物研究がそれほど重要視されていないのは確かです。マーケットサイズは医療分野の100分の一程度、つまりコストを100分の一しかかけられない研究分野であるわけです。私自身も、もともとは医療分野に関心がありました。今もそうです。ただ、大学に入っていろいろ学び、考えるうちに、植物は食べ物やエネルギーとして我々の生命を根本的に支える存在であるにもかかわらず、圧倒的に理解が進んでいないことが気になり始めました。私たちは植物に完全に依存していて、農作物の収量だって落ちているのに、関心が低いのはまずいのではないかと。直感というよりは本能的な好奇心、職業としてやる人が必要だという感覚で植物の方へと進んできました。

——先生のように、植物分野で研究を続けられる秘訣があれば教えてください。

一般解みたいなものがない世界ではありますが、不安があってもとりあえず覚悟をもって、思い切り振りきって研究に集中する時期は絶対に必要だと思います。30代にもなると家族も持ち、収入が足りない!という事態になることもありますが、とにかくパーマネントのポストを得るという目標に集中するといった感じですかね。それが叶わずやむを得ず別の選択をするにしても、研究をとことんやっていないと別のフィールドに出ても成果を出せないのではないかと思います。とはいえ研究って面白いから、やっている間は夢中でやってしまうものですよね。

——先生は、農業のベンチャーを立ち上げられながらも、基礎研究に専念したいということで経営はほかの方に任せられていますよね。

結局は、自分の人生を何に使いたいのか、それをよく考えたうえで、現状把握をしながらキャリアを見つけていくしかないのだと思います。

植物分野は専門性を活用できるフィールドが限られているのは確かなので、海外に行くことをキャリアの選択肢に入れる必要もあるかもしれませんし、脱炭素と絡めて産業界での植物研究の存在感を上げていくような提案をしながら、自らの活躍の場を作っていくことも必要だと考えています。

名古屋大学生物機能開発利用研究センター 准教授
野田口 理孝(のたぐち みちたか)

京都大学大学院 理学研究科 生物科学専攻卒。理学博士。兼任で国立研究開発法人科学技術振興機構さきがけ研究員も務める。卒業後は京都大学大学院でのポストドクター、カリフォルニア大の研究員を経て、2012年より名古屋大学ポスドクを経て現在准教授。自身が発見・開発した接木技術のアグリテックベンチャーの創業などにも関わる。

<取材を終えて>
長年の常識を覆した研究内容も大変興味深いものでしたが、野田口先生がキャリアを切り開いてこられた過程のお話も、研究者を目指す方には深く刺さるものだったのではないでしょうか。野田口先生、貴重なお話をありがとうございました。

<文献情報>
Notaguchi M, Kurotani K, Sato Y, Tabata R, Kawakatsu Y, Okayasu K, Sawai Y, Okada R, Asahina M, Ichihashi Y, Shirasu K, Suzuki T, Niwa M, Higashiyama T. (2020) Cell-cell adhesion in plant grafting is facilitated by β-1,4-glucanases. Science Vol. 369, Issue 6504: 698-702. DOI: 10.1126/science.abc3710

(本記事は「リケラボ」掲載分を編集し転載したものです。オリジナル記事はこちら

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