イラスト:桜井葉子
自ら進むべき進路を選んだミギネジ。街の平和を守るため、今日も科学戦士は立ち上がる!
海に遊びに行ったミギネジたちを襲ったもの
私は、ミギネジ。
昼はエンジニアとして働き、夜は誰に言われるでもなく科学戦士をやっている。
前回、エンジニアとして働く会社の社員に科学戦士であることがバレてしまい、悩んでいるミギネジを元気づけようと、博夫と光波ナミはミギネジを海に連れてきていた。
博夫は、みんなで海に行くということで気合いを入れ、黒一色のおしゃれなコーディネートでまとめてきていた。
「いやぁ〜暑すぎますね。なんだこれ、暑すぎません? 汗だくになってきた」
そう、黒色は多くの波長の光を吸収するため、温度が上がりやすいのだ。
「博夫、黒色は温度が上がりやすいから、こんな炎天下で全身着ると大変よ」
「黒色は温度が上がりやすい。ということは……、気分も上げていきましょう!」
このダジャレのために身を張りすぎだよ……とミギネジは思った。
いや、きっと博夫のダジャレは、悩むミギネジを元気付けようとしていたのかもしれない。ミギネジも、今日こそは悩みも忘れて海を満喫しようと思っていた。
しかし、そんな願いは叶わない……ものである。
さっそくみんなで海に入ろうとすると、なんだか奇妙な音が聞こえてきたのだ!
ザザザザザザザーッ。
よく見てみると、なんと砂浜のところからミギネジたちを目がけてザラザラした砂の山みたいなのが襲ってくるではないか!
しかも、これまでのように、見た目が“ゆるふわ”じゃない……(!)
色もちょっと黒くて、見るからに怖そうである。
「まさか、ラスボスなのか!?」
百戦錬磨のミギネジもさすがに動揺した。
「この~! 泥団子にでもしてやろうか〜!!」
自称ヒーローこと、博夫は敵が砂浜の砂だと考え、“泥団子”という言葉で脅迫していた。
しかし、そのひと言がザラザラ星人の逆鱗に触れ、今度はバラバラの粉のようになって襲ってきたのだ!
「私たちはそこらへんの砂とは違うのだ! なめるでない! 行け! ザラザラアタック〜!」
あたりはあっという間に黒っぽい粉で覆い尽くされてしまった……。
ラスボス「黒いザラザラ」の正体
冷静さを取り戻したミギネジは、敵のヒントを元に考えた。
見た目は砂だが、そこらへんの砂とは違うらしい。見た目は黒っぽく、明らかに砂浜の砂の中でも黒っぽい部分だけが集まっている。
ということは……。
「きっと奴らの正体は……、砂の中によく埋まっている『砂鉄』ではないか?」
もし奴が砂鉄だとしたら、磁石によくくっつくはずである。
さっき粉のようになって襲ってきたので、磁石でくっつけてしまえば、一気に回収できるのではないか?
ミギネジはそう考えた。
「回収って……。ラスボスを“回収する”なんて前代未聞なんですけど! でも、どうやって? こんな海のど真ん中に磁石なんてないですよ」
博夫は、解決策はわかったものの、磁石がないことに気がついてしまった。
「光波ナミさん、まさか磁石持っていたりします?」
「海で遊ぼうというのに、持ってるわけないでしょ! 海に沈むわ!!」
ごもっとも。磁石は毎日持ち歩くとなると、地味に重くて、肩と腰が痛くなるし、今日に限っては海に沈むので、あいにく誰も持ち歩いてはいないようだった。
ついに公開!ミギネジの頭の秘密
「ふふふ……。ついに、このときがきたようね」
2人のやりとりを聞きながら、ミギネジはそうつぶやき、これまで結わいていた髪の毛を一気にほどいた。
実は、ミギネジの髪を結わいていたのは、エナメル線だったのだ!
続けて、ミギネジのトレードマークである髪の毛に刺していたネジに、そのエナメル線をぐるぐると巻きつけ始めた。
「そんな髪飾りでいったい何ができる! 私たちは世間で言うところのラスボスなんだぞ! そんな見た目が地味なもので倒せるはずがないだろうが!
倒すとしても、もっと爆発とか派手にやってくれないと、こちらとしては困るわな」
確かにザラザラ星人の言うとおりである。
ラスボスだと言うのに、今のところ、ネジにエナメル線を巻いただけである。
これでどう戦うのか、ミギネジ……!
必殺技「ミギネジの法則」
ザラザラ星人がなんだかボソボソ言っている間に、ミギネジは博夫に頼み、海の家からTVリモコンの電池を取ってきてもらった。
そして、ネジに巻いたエナメル線に電池をつなぎ……、腹の底から叫んだ!
「行け~、右ねじの法則!」
「右ねじって、もしかして……!」
そう、ミギネジが髪の毛にネジを刺していたのも、お団子にしてエナメル線で束ねていたのも、いつでもこの「右ねじの法則」を発動させるためだったのだ!
エナメル線を巻いて作ったコイルに電気を流すと、そのときにできる磁界によってネジ全体が磁石になる。
これを「電磁石」と呼ぶが、コイルに流れる電気の向きをネジの回転の向きとすると、ネジの進む方向が磁界の向きになる。
これはよく「右ねじの法則」と呼ばれている。
ザザザザザザザーッ!
ザラザラ星人こと砂鉄は、ミギネジの想いのこもった強力な電磁石に一瞬でくっつき、見事に回収されてしまった。
ミギネジよ、新たなる道へ……
ミギネジは決めていた。
もしもこの最大の秘密である「右ねじの法則」を使って敵を倒せたら、今度は自分自身との約束である別の「ミギネジの法則」を守ることを。
そう、それは趣味ではなく、本職として科学戦士をやることだ。
「私、本物の科学戦士になるわ! これまで趣味でやっていた分、散々いろいろな人に迷惑をかけてきたけれど、今日でやっと決心がついたわ。
これまでどこかで“私にできるのだろうか”と、正直自信がなかったの。
でも、博夫と光波ナミにも出会って支えられて、今日はやっと科学戦士を始めたときからあたためてきた必殺技で倒すことができたわ。
何事も、そうやって一つひとつ自信をつけていくことでしか、きっと前に進んでいけないのよね。
決して一人じゃないこともよくわかったし。決断するわ!」
博夫と光波ナミは、ミギネジに駆け寄り、「もちろん、ついて行く!」と言った。
*
次の日、ミギネジは、エンジニアとして務めてきた会社に辞表を提出した。
辞表を受け取った上司は、
「社員旅行のとき、塩鍋に手を突っ込んで僕たちを助けようとするミギネジは輝いていたよ。頑張ってねとは言わない、頑張っていたのを知っているから」
と言い、辞表を受け取った。
辞表を提出した帰り道、ミギネジが科学に興味を持ったきっかけであるきれいな虹がかかっていた。
――Season1 完
【ミギネジの予備実験室】
必殺技名:「右ねじの法則」
分野:物理
費用:★☆☆、手間度:★☆☆、危険度:★☆☆
《準備するもの》
◎エナメル線
◎ヤスリ
◎電池
◎電池ケース
◎ネジやボルト(鉄の棒)
《実験手順》
(1)ネジやボルトにエナメル線をぐるぐると巻きます。
(2)エナメル線の先をやすりで削ります。
(3)電池ケースに電池を入れてエナメル線とつなぎ、ネジを砂鉄に近づけるとくっつきました!
みなさんもぜひ、ミギネジの必殺技を試してみてください!
▼注意事項
・小学生など低年齢の子どもが実験するときは、必ず保護者の指導のもとで実施してください。
・エナメル線などは熱くなることがありますので、気をつけながら実験してください。
連載を読んでくださった皆様へ
本連載「科学戦士『ミギネジ』の悪キャラの倒し方」は、今回を持ちまして終了となります。今までお読みいただきありがとうございました。
本連載は終了となりますが、今までの連載全記事(Season1)に、ミギネジのその後の活躍を追った「Season2」を加えて、1冊の本としてフォレスト出版より刊行予定です。お楽しみに。
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科学戦士「ミギネジ」の悪キャラの倒し方 Season2 の連載がこちらで始まりました!
五十嵐美樹(いがらし・みき)
科学のお姉さん。1992年東京都生まれ。
東京大学大学院修士課程及び東京大学大学院科学技術インタープリター養成プログラム修了。
幼いころに虹の実験を見て感動し、科学に興味を持つ。学部在学時に「ミス理系コンテスト」でグランプリを獲得後、「老若男女問わず科学の楽しさを伝えるミス理系女子」として、子どもから大人まで幅広い層に向けた実験教室やサイエンスショーを全国各地で主催、講師を務める。
特技のヒップホップダンスで魅せる「踊るサイエンスショー」は好評を博している。