稲見先生は、「テクノロジーを使って人間を自由にする」ことを目的として、人間の身体性の拡張やその先にある意識・心の変化までを追究。2017年から採択されたERATO「稲見身体自在化プロジェクト」では、人間がロボットやAIと「人機一体」となり、自己主体感を保持したまま行動することを支援し、人間の行動の可能性を大幅に広げる技術の開発を行っています。人間がロボット技術や情報技術を駆使して新しい身体=「自在化身体」を獲得したとき、心はどう変化していくのか……。
新型コロナウイルスの出現により、これからの社会の在り方や世界観に大きな変化が予想されている今、稲見教授の研究はひとつの大きな可能性を提供してくれています。
(この記事は2020年4月にオンライン取材により制作しています)
超能力も夢ではない!? テクノロジーで人間の力を拡張する
──稲見先生の研究におけるキーワードでもある「自在化」とは、いったいどんな考え方なのですか?
稲見 今は自動運転車やロボット、AIなど、人間の代わりに何かをやってくれる「自動化」のテクノロジーがどんどん発達していますよね。その技術たちは私たちが「やりたくないこと」を代わってくれるものが多いですが、それに加えてこれからは「やりたくでもできなかったこと」を実現していけるような技術が必要だと考えています。そこで、時にはロボットやAIなどと“人機一体”となり、我々がもっと自由自在に行動できるようになっていくことを「自在化」と呼んでいます。
──もっと自由自在に身体を動かせて、やりたくてもできなかったことが実現できる……。たとえば、空を飛べるようにもなるのでしょうか?
稲見 そうですね、自由に空を飛ぶこともできるようになるかもしれません。1984年のロサンゼルスオリンピックの開会式では、ロケットベルトを着用した「ロケットマン」が空中を飛び回ってスタジアムに降り立つという演出がありました。私も子どもながらに「空を飛ぶなんていう夢のようなことが、技術によって叶うんだ」と、ものすごく感動したのを覚えています。その時の感動が、私自身の「テクノロジーで人間の身体を自由自在にしていこう」という考えの原点のひとつになっています。
──テクノロジーが進化すれば、ドラえもんのひみつ道具のようなものも夢ではなくなりそうですね! 現時点では、自在化に向けてどんな技術が開発されているのでしょうか?
稲見 たとえば、こちらの慶應義塾大学と共同開発した「メタリム」は、足を使うことで阿修羅像のように“第三、第四の腕”を操ることができる装置です。一見、操作が難しそうに見えるかもしれませんが、少し練習をすると誰でも腕として動かすことができるようになるんですよ。
©︎東京大学 稲見・檜山研究室 & KEIO MEDIA DESIGN
つまり、このシステムを使えば「足を腕に変化させられる」ということになります。物理的に腕を増やすのは難しくても、脳の中で認識される「身体の地図」、つまり身体性は編集することができ、それまでできなかった動きが実現できるようになるのです。このように身体性を自由に編集できれば、次のようなことも可能になっていくと考えられます。
まずは、「超感覚」。これは人間の持つ感覚を増強していくということで、たとえば光学迷彩を使うことで透視が可能になると考えられます。
次に「超身体」は、自分の肉体を増強・拡張していくこと。「幽体離脱・変身」は、いわゆるVRなどの分野にもつながります。今では、バーチャルの世界で自分の思い描くキャラクターに変身し、年齢や性別を自由に変えてコミュニケーションをとることができますよね、これも変身の一種だといえるでしょう。
「分身」は、自分の分身を部下として使うことができるようになれば、より大きな仕事をできるようになるのでは、といった話です。たとえばサッカーゲームでは一人のプレイヤーが11人の選手を状況に応じて動かしていることを考えれば、一人が複数人の力を持つことも不可能ではないはずなのです。
そして「合体」は、文楽人形が三人で操られることで非常に繊細な動きを実現したり、戦隊ヒーローが一体の大きなロボに合体して戦うように、複数の人がまとまって一つの身体を動かしたときに、新しい動きが可能になるのでは、ということ。我々が慶応大と共同開発した「Fusion」も、合体を実現することができるシステムのひとつです。
──Fusionとはどんなシステムなのですか?
稲見 簡単にいうと、離れた場所の人と二人羽織ができます。ロボットアームをVRで遠隔操作できるシステムで、共同作業をしたり、あるいは手首を掴んで動きをコントロールすることで離れたところから楽器やスポーツを教えることもできます。
──コーチや名人に手取り足取り教えてもらうことで、離れていても動きが体感できるわけですね!
(東京大学 稲見・檜山研究室 & KEIO MEDIA DESIGN)
稲見 さらに面白いのが、Fusionを使って一緒に作業するうちに、離れている人と操作されている人の間に、共感あるいは親密感が高まるという現象が観察されています。昔からみんなでお神輿をかつぐ風習があるように、一緒に何かをすることは人やコミュニティを結びつけるうえでの重要なキーになっていた、同じように情報空間においても、共同作業は人と人を結びつけるコミュニケーションメディアとしての役割を持てそうだ、ということがわかってきました。
それで、我々は自在化に向けて様々なシステムを開発するだけでなく、新しい身体を獲得することによって脳内や心にどんな変化が起きていくのか、ということについても神経科学や、心理学を用いた研究を積極的に行っています。最近では、また新たな視点で自在化についての考えがまとまってきたところなんですよ。
──どんな考えでしょうか?
稲見 人間の身体には、非常に高度なセンシングと情報処理機能が備わっており、無意識のうちに様々な生命活動が行なわれています。この無意識下での活動はある意味「自動システム」によってロボット化しているとも言えるわけで、これが人間の身体のすごさなのです。どういうことかというと……たとえば、歩きスマホを思い浮かべてみてください。歩きスマホ自体はあまり褒められた行為ではないかもしれませんが、無意識化で直立二足歩行をしながら、スマホと人機一体の状態となり、意識は情報世界に入っていると言えます。そしてつまずきそうになったら、とっさに足の方へと意識を戻すことができる。
このように人間は、身体の中と外──ここでは自動化した身体と意識下の(マニュアル化した)身体、そして情報世界をシームレスに行き来し、操作を自由に切り替えることができているのです。人機一体というと、以前は「ロボットを身体の一部として自在に操る」といった考えだったのですが、時には人間の身体もロボットになり得るとともに、両方をシームレスに行き来できることこそが人機一体であり、自在化なのではという考えに至っています。
情報技術を使えば離れていても通じ合える。稲見先生が思い描く“オーバーコロナ”
──今後はどのような研究に力を入れていきたいとお考えですか?
稲見 今いちばん必要とされていて我々が貢献できるかもしれないのが、「ソーシャル・ディスタンシング」という言葉を「フィジカル・ディスタンシング」と「ソーシャル・インティマシー」という言葉にきちんと因数分解して、後者を実現してみせるということだと思います。心と身体がかならず一致しているという状況では、物理的な距離がそのまま心の距離や社会的距離になっていました。情報技術が進んで、遠隔でもコミュニケーションをとることは当たり前になってきていますが、一方で、オンラインではどうしても超えられない壁というのも今のところはありますから。
──どんな壁でしょうか?
稲見 画面越しだと、身体性をともなったコミュニケーションがまだ難しいということです。たとえばオンライン会議では議題に沿って話を進めることはできても、パネルディスカッションのように創発的にアイディアを出し合ったりすることが難しいという現状があります。これは、物理的に同じ空間にいる時には視線や無意識の動き、息づかいなどを察知することができますが、画面越しだとそれができないためです。視覚と聴覚に限定された世界ですが、ここに触覚を付加したらどうなるか? ということを考えています。
今後はオンラインでの仕事が増えていくでしょうし、物理的に離れた状況でも自由自在にコミュニケーションがとれ、心でつながることができる、オンラインならではの集会方法を開発したいですね。オフラインの代替手段としてだけではなく、オンラインだからこそできることというのもあると感じていますし、今後さらに可能性を探る必要があると考えています。
──たとえば、オンラインだからこそできることにはどんなことがあるのでしょうか?
稲見 オンラインで講義を行なうとき、教員の立場からすると虚空に対して話しているようで非常にやりづらさを感じていたのですが、コメントスクリーンという、ニコニコ動画のようにコメントが匿名でリアルタイムに流れるシステムを取り入れてみたところ、質問や感想がたくさん来るようになったんです。ひょっとすると、教室で行なう講義よりもインタラクティブになったんじゃないか、と感じるほどに学生からの反応が増えました。これはつまり、物理空間の中では大人しかった学生が、情報空間の中ではとても饒舌になれる、ということを示していて、オンラインだからこそ可能になったことのひとつでもあるといえるでしょう。
このように、情報技術をうまく使うことでより人間が自由になれるという点を伸ばしていけば、情報技術は、単にウイルス感染防止という防衛的なツールではなく、もっと積極的な意味での可能性の拡大につながります。これを我々はコロナを超えるという意味で“オーバーコロナ”と呼んでいるのですが、そこを目指し、今まさにいろいろと急ぎチャレンジしているところです。
研究者は、製品やサービスを直接提供するまでできるわけではありませんが、世の中の見方を変えることはできると思っています。我々の研究成果を通じて、びっくりしたり、思わず笑顔になる体験をしてもらい、結果的に誰かの世の中の見え方が変わる瞬間を増やしていきたいですね。
「高齢者VR」高齢者の眠っていた能力をVR旅行で引き出す(東京大学 登嶋健太)
好奇心を大切に、時には環境にゆだねて世界を広げる
──稲見先生の研究室のホームページを拝見して、研究室の選び方など様々な選択肢のヒントが示されていることに感動しました。進路を考えるうえで大切にするべきことをぜひここでも教えてください!
稲見 自分が「好き」だと思っていることにとらわれすぎないほうがいいかもしれません。私は以前、人機一体を実現するためには、まずは機械と接続できる臓器を人為的につくる必要があると思って、分子生物学やバイオセンサの研究をしていたんです。でも、研究を続けるうちに、私の場合はどうやら情報系やロボット系の研究文化のほうが水が合っていて、周りの人にも喜んでもらえるということに気がつきました。プロとして研究を続けていくには、他者に価値を認めてもらえることも大切だと思い、博士課程から今の分野を専門にしました。
それと私がよく学生に言っているのは、「時には回らないお寿司屋さんに行くくらいの気持ちも大切」ということ。回転寿司に行くと、どうしても自分の好物を選んでしまいますよね。でも、回らないお寿司屋さんに行っておまかせを頼んでみると、自分が知らない魚を食べて、そのおいしさを知る、つまり世界が広がることがあります。このように、あえて他者や環境にゆだねてみるという考え方は、研究においても重要です。
──どんな点で重要になってくるのでしょうか?
稲見 イノベーションは、新結合によって起こります。そこで、自分の専門とは違った分野の人と積極的にコミュニケーションをとり、その人の「おまかせ」を聞いてみて世界を広げることがものすごく意味のあることになってくるのです。相手にとって当たり前のことが、自分たちの分野ではものすごく珍しかった、なんてことがあるわけですからね。私も学生時代から先輩や先生方との出会いに恵まれたのもあって、お話を聞いたり、議論を交わさせていただくことに喜びを感じてきました。研究においてユニークな発想を生むためにも、進路を考えるうえでも、「好奇心」を持つこと、そして今自分が好きな世界の外側に広がる様々な分野に触れてみることは、とても大切だと思います。
東京大学 総長補佐・先端科学技術研究センター教授
稲見昌彦(いなみ・まさひこ)
博士(工学)。JST ERATO 稲見自在化身体プロジェクト 研究総括。情報工学やロボット工学が専門で、これまでに触覚拡張装置、動体視力増強装置など、人の感覚・知覚に関わるデバイスを各種開発。SF漫画『攻殻機動隊』に登場する技術「光学迷彩」を実現させたことでも世界的に有名。子どものころから『ドラえもん』が好きで、「自分がひみつ道具を発明する」という思いが研究者の道へ進む原点になっているとのこと。
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