イラスト:桜井葉子

 

昼はエンジニア。夜は悪キャラを倒す科学戦士。その名も「ミギネジ」!
充実した一日の仕事もひと段落し、ふと外を眺めると、そこには木をなぎ倒す怪物の姿が! 街の平和を守るため、今日も科学戦士は立ち上がる!

いつもどおり会社から帰ろうとしたとき、目に飛び込んできた怪物

私は、ミギネジ。
昼はエンジニアとして働き、夜は誰に言われるでもなく科学戦士をやっている。
毎朝、香水の代わりに自作のアロマスプレーを全身に振りかけながら職場に向かう。

エンジニアの男性同僚に「いい香りだね」と褒められれば、

「無水エタノールと精製水、精油をまぜて作ったの。ポイントは乳化だよ、乳化することで油と水が混ざってうまくできたの」

そう、この「乳化」をどうしても言いたい。

しかし、みんなに振り向いてもらいたくて精油を多めに入れ、ひそかに香りを強めているのはミギネジの弱さである。

そんな精油臭のするミギネジも、エンジニアとして働くことが誇りで、毎日楽しく働いている。

身の回りにある機械の設計図をつくったり、組み立てた機械にトラブルがないか確認するテストに立ち会ったり、これから社会の中で使われる製品をこの手で作ることができるところに働きがいを感じている。

「今日も忙しかったけど楽しかったな。平和だ……」

そんな気持ちで、仕事が終わって帰ろうと職場の窓の外を見てみると、とんでもないものが目に飛び込んできた!

腕と脚をびよーんと伸ばして木をなぎ倒しているビルと同じくらいの大きさの怪物みたいなのがいるではないか……!

腕と足が伸びるキャラクターは、いろいろな場所で目にしてきた気もするが、まさかこんな目の前に突然現れるとは……!

再び登場! 男性ヒーロー

怪物は決してその場から動かず、びよーん、びよーんとひたすら腕と脚を伸ばし攻撃をしている。

「その場から動かないなんて、なんて効率的なんだ!」

朝アロマスプレーを褒めてくれた同僚エンジニアが、窓の外で暴れている怪物をも褒めている。

「誰にでも褒めるタイプの男だったのか……」

ミギネジは、そもそも怪物を褒めていること、誰にでも褒めるタイプというダブルショックに、衝撃を受けながらも、科学戦士の顔に変わっていた。

ミギネジは、怪人図鑑でかつて見たことがある「びよーん星人」であることを思い出した。

思い出したのもつかの間、外で暴れているびよーん星人の前に、突然ヒーローらしき男性が飛んできて、びよーん星人と戦い始めたのだ。

「この前の白いヌリカベのときにも助けに来てくれたし、最近ヒーローとか流行っているのかしら?」

でも、「ヒーロー、日本、人間」とGoogleで検索しても出てきそうにないし……。

「いったい、彼は誰なんだろう?」

ミギネジの心は、ヒーローの彼に完全に持っていかれていた。

しかし、ヒーローらしき男性が放ったパンチは、敵のお腹当たりの急所っぽい場所に入ったものの、パンチをびよーんとおもいっきり吸収した後、男性ごと跳ね返らせてしまった。

その跳ね返りによって、ヒーローらしき男性はどこか遠くまで飛ばされて消えてしまった。

「びよーん星人」の正体、突き止めた!

男性ヒーローが前回同様、早くも飛ばされ消えてしまったことに落胆するものの、男性ヒーローが繰り出したパンチを見たミギネジの頭の中では、びよーん星人の特性分析が始まっていた。

男性が跳ね返って飛んでいったということは、敵はパンチを受けて縮むと、その分元に戻ろうと伸びようとする性質、すなわち「弾性」を持っている。

「ヒーローらしき男性はおもいっきりパンチしてしまった分、元に戻ろうとする弾性もよく働いてしまったため、ボヨーンととんでもない距離飛んでいってしまったのかも!?」

などと考えを巡らせているうちに、ミギネジの心にはある熱いものがこみ上げてきた。

「これを考えるために物理を勉強してきたのかー!」

「素敵なヒーローらしき男性よ……ありがとう! 私はあなたの攻撃で、重要なヒントに気づけたわ!」

ミギネジが気づいたこととは――。

びよーん星人は、腕や脚を伸ばすことができるうえに、男性をも跳ね返すすばらしい“弾性”をもっている。そして、そのフォルム。

その2つのヒントを基に、ミギネジは次のことを導き出した。

「びよーん星人の原料は、ラテックスに酢酸などの酸を加えて凝固させたもの……。すなわち、天然ゴム!」

びよーん星人をどう倒すのが、ベストか?

天然ゴムはすばらしい弾性があるため、これだけ大きいと、パンチや物理的な攻撃で倒すのが難しいかもしれない。針を投げたり燃やしたりする攻撃もできそうだが、その場合人々が危ない。

「やつが誰かに攻撃される前に……!これは私が戦うしかない……!」

そう心に誓ったミギネジは、忍ばせておいた自作のアロマオイルを手に取り現場に向かった。

念のため、エンジニア仲間のアロマオイルもかき集めて持っていくことにした。

現場に到着すると、人々は逃げまどっていた。
「このままだとオフィス街がやられてしまう……! いったいどうすればいいのか?」
人々はとにかく焦っていた。

「こんなに伸びのいいゴム久しぶりに見たわ……」

ミギネジは、びよーん星人の攻撃の柔軟性に目を奪われていた。
「きっと今回も敵を倒せるはず……!」
ミギネジは前向きな気持ちを保つよう努力していた。

しかし、エンジニア仲間のアロマオイルのラベルを見て、ミギネジは愕然とした。

みんな「ラベンダー」とか「ペパーミント」とか、おしゃれな香りを使っている。
これらのおしゃれな香りは武器として役に立たないからだ!

「必要なのは、リモネンなんだよおおおお!」

ミギネジの心が叫んでいた。

そう、レモンやミカンなどの皮に含まれている精油「リモネン」は、柑橘系のさわやかな香りがするが、天然ゴムを溶かすことができるのだ。

これなら天然ゴムも溶かせるし、何よりいい香りがするので、社長の気分が良くなって給料アップも夢ではないかもしれない……!

そんな非現実的な願いを頭によぎらせながら、ミギネジは思った。

「私はきっと、このときのためにリモネンの香りを毎日身にまとっていたのかもしれない。業務用のリモネンを4箱も買って、“何に使うんですか?”って聞かれたんだから。このときのために使うんだって、堂々と言える日が来たわ!」

「行け~、リモネン!」

ミギネジは、びよーん星人にアロマオイルをシュッシュっと振りかけた。
確実に溶けて変色はしているが、溶けきるのには時間がかかっている。

このペースだと街が先にやられてしまう……。
仕方ない…、これを使うしかない!

「行け~、リモネン原液!」

ミギネジは、調合用に隠し持っていたリモネン原液を一気にびしゃーっと振りかけた。

※画像6:ミギネジがアセトンを放物線を描くようにチョビチョビかける様子

パーン! パーン! パーン! パーン!

びよーん星人は、リモネンが命中した部位から溶け、ゴムが急激に縮むことで一瞬で弾けてしまった。

風船みたいに外側だけ天然ゴムで、中の空気の量によって伸び縮みするという、材料費を抑えた構造だったみたいだ。

「いい音だわー」

ミギネジは、こんなに大きな巨大風船(いや、びよーん星人)を割る機会が与えられたことに感激してしまった。

これまでの予備実験でも、せいぜい1m50cmくらいだったから……。

「きゅーすっぱい! おいしい!」

レモンの実を食べると、ついびよーん星人のことを思い出してしまう。
残念ながら、びよーん星人との思い出だけが残り、あれから給料はアップしていない。

「よし、今日も働くか」
ミギネジは“1回だけ”とラベンダーの香水にチャレンジしていた。

こうして、街の平和は守られた。

【今回のミギネジ必殺技】
◆必殺技名:「リモネン」
◆分野:化学
◆費用:★☆☆、手間度:★☆☆、危険度:★☆☆

【ミギネジの予備実験室】
《準備するもの》
◎風船
◎レモンやミカンの皮(業務用はこちらで手に入ります)

※写真1:準備するもの

《実験手順》

(1)風船を膨らませます。
※大きく膨らませたほうが、ゴムが薄くなり割れるのが早くなるためおすすめです。

(2)膨らませた風船の上にレモンの皮を絞ってリモネンをかけます。

※写真2:風船にリモネンをかける

(3)風船(天然ゴム)が溶けて、割れました!!

※写真3:風船が割れる

ぜひみなさんも今回のミギネジ必殺技を試してみてください!


五十嵐美樹(いがらし・みき)
科学のお姉さん。1992年東京都生まれ。
東京大学大学院修士課程及び東京大学大学院科学技術インタープリター養成プログラム修了。
幼いころに虹の実験を見て感動し、科学に興味を持つ。学部在学時に「ミス理系コンテスト」でグランプリを獲得後、「老若男女問わず科学の楽しさを伝えるミス理系女子」として、子どもから大人まで幅広い層に向けた実験教室やサイエンスショーを全国各地で主催、講師を務める。
特技のヒップホップダンスで魅せる「踊るサイエンスショー」は好評を博している。


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