イラスト:桜井葉子
昼はエンジニア。夜は悪キャラを倒す科学戦士。その名も「ミギネジ」!
今日も元気に実験をしようと思ったら、東京都庁に「白いヌリカベ」の怪人が出てきっちゃてまぁ大変! これは私が戦うしかないわね!
実験材料に囲まれながら、予備実験を楽しむはずだった……
私は、ミギネジ。
昼はエンジニアとして働き、夜は誰に言われるでもなく科学戦士をやっている。東急ハンズや100円ショップ、秋葉原の秋月電子通商に通って材料調達をし、悪キャラが襲ってきたときに向けて戦う準備をしている。
深夜にネット検索をすると、つい新しい実験材料をポチポチして買ってしまい、翌々朝ぐらいにはAmazonの箱が積み上げられている――。
そんな毎日を送っている。
ピンポーン
「はーい」
今日も元気なお兄さんが宅配便で実験材料を届けてくれる。欲しいと思う材料がすぐに手に入り、科学戦士をやるには都合のいい時代に生まれたと我ながら思う。
「ミギネジ、今日は何が届いたのよ! おかげで玄関がAmazonの箱だらけで通れないじゃない!」
そんなクレームに家族の愛を感じながら、もはや材料があふれ実験室みたいになってしまった部屋で、ミギネジは「本当に化学反応するのか!?」と予備実験を開始する。
今日もすばらしく、化学反応している。
うん、ホント平和だ……。
そんないつもどおりの平和な週末を過ごしている……はずだった。
すると突然、母が
「たいへんよ! 街中が怪人みたいなのに荒らされている!」
と叫びながら、ミギネジの実験室に駆け込んできた。
「うわー! 予備実験中だっていうのに、タイミング悪!」
そう思ってしまうほど、珍しく予備実験がうまくいっていたのに……。
ヌリカベと戦いに挑む男性ヒーロー、登場!
母に誘われて仕方なくテレビをつけて見てみると、とんでもない映像が飛び込んできた。
東京都庁の横で、都庁と同じくらいの大きさの白く四角いヌリカベみたいな怪人が都庁や人々を襲っているではないか。人々は逃げまどい、悲鳴を上げている──。
あまりの惨状を目の当たりにしたミギネジは、
「はぁ、もうこれで終わりかも……」
とあきらめかけていた。
すると、突然なにやらヒーローらしき男性が飛んできて、白いヌリカベと戦い始めたのだ。
「世の中には、こういう心がキレイな人もいたのね!」
ミギネジの心は、いつのまにか歓喜に湧き、戦いを見届けていた。
しかし……、安心もつかの間、ヒーローらしき男性が放ったパンチは、白いヌリカベが包み込むように吸収され、大量の空気を吹き出した。
「ヤバい!」
ヒーローらしき男性は、その空気であっという間に吹き飛ばされ、どこかへ消えてしまったのだ。
男性ヒーローのパンチから導き出したヒント
男性ヒーローの敗北にガッカリするものの、そこは科学大好き女の子・ミギネジ。
男性ヒーローが繰り出したパンチを見たミギネジの頭の中では計算が始まっていた。
パンチの運動エネルギーを1/2mv^2(J)だと仮定すると、質量と速度に依存する。
ヒーローらしき彼は、どちらかというと細マッチョで、腕の質量はそこまであるようには見受けられなかった。しかも、パンチの速度も男性の平均ぐらいだったから運動エネルギーが足りなかったのかも……?
そう考え始めているうちに、ミギネジの心にはある熱いものがこみ上げてきた。
「これを計算するために物理を勉強してきたのかー!」
「私もパンチを放ちたい! そして、ヌリカベを倒したい!」
そして、ミギネジは、ある重要なことに気づいた。
「すてきなヒーローらしき男性よ……ありがとう。私はあなたのパンチで、重要なヒントに気づけたわ!」
ミギネジが気づいたこととは――、
怪人・白いヌリカベには、「すばらしい衝撃吸収性があること」と「大量の空気が含まれていること」だった。
その2つのヒントを基に、ミギネジは次のことを導き出した。
「きっとヌリカベの原料は、合成樹脂素材の一種で気泡を含ませたポリスチレン……。
すなわち、発泡スチロール!」
白いヌリカベをどう倒せば、市民の洗濯物を守れるか?
発泡スチロールでできているヌリカベを、どうすれば倒すことができるだろうか?
ミギネジは、ヌリカベを倒す必殺技を考え始めた。
発泡スチロールは、約98%が空気でできており、衝撃吸収性も高い。
ただ、これだけ大きいと、パンチでは倒すのが難しいかもしれない。
じゃあ、火を使って燃やしてしまうのはどうだろう?
一見よさそうに思えたのだが、あることが気になった。
発泡スチロールを常温・大気中で燃焼させると不完全燃焼を起こし大量の煤を発生させやすいため、人々に被害が及ぶかもしれない。なにより…煤(すす)が飛んで洗濯物にくっついてしまう!
都内に煤(すす)が数週間も残り続けたら、その間ずっと部屋干ししないといけないし、たまったもんじゃない。
東京都民の洗濯物を守らなければ……。
これは私が戦うしかない……。
そう心に誓ったミギネジは、日常使いと予備実験用にたくさん常備しておいたマニキュアを落とす「除光液」をミギネジの実験用車に積み、現場に急行した。
アセトン入り除光液で白いヌリカベをやっつけろ!
現場に到着すると、現場は予想していたよりも荒れていた。
発泡スチロールは、地球上の空気を吸い込み、ここぞとばかりにどんどん元気になっている。「このままだと東京がやられてしまうが、いったいどうすれば……」と人々は焦っていた。
とにかく除光液が必要なので、避難している近所の小学校時代の友達たちにも持ってきてもらった。
「みんな、ありがとう…!」
でも、除光液のラベルを見て、ミギネジは愕然とした。
みんなが持ってきてくれた除光液は、流行りの“ノンアセトン”除光液を使っていたのだ。
これでは武器として役に立たないからだ。
「必要なのは、アセトンなんだよおおおお!」
ミギネジの心が叫んでいた。
発泡スチロールにアセトン入りの除光液をかけると、アセトンが発泡スチロールの構造を壊し、中の空気が抜けドロドロに溶けた状態になるのだ。
つまり、「アセトン入りの除光液」こそ、発泡スチロールでできている白いヌリカベを倒す武器になるのだ!
なんなら、溶けたスチロール樹脂は再利用できるから、持って帰ったら少しはお金になる可能性だってある。
ミギネジは思った。
「私はきっと、このときのためにAmazonでアセトン入りの業務用ネイル落としをストックし、たまに塗って楽しむマニキュアを落としてきたのかもしれない。業務用だから、1回にドバっといっぱい出すぎて大変なのと、しかも、結構場所を取るから、正直、今ままで役立っていなかった。でもそんな不便さを打ち消すぐらい役立つときがついに来たわ!」
「行け~、アセトン!!!」
ミギネジは、アセトン入りの除光液に噴射器を取り付け、除光液をぴゅーっと放物線を描くように噴射させた。
アセトンの蒸気は匂うので吸いすぎないように、なるべく遠くからチョビチョビかけたいがゆえに思いついた作戦である。
シュワワ―。
白いヌリカベは除光液が命中したところから、あっという間に溶けていった。
少量でも、しっかり命中させれば、結構溶け続けてくれる。そして、発泡スチロールの約98%を占める空気が抜けるので、反応後はドロドロのぺしゃんこ!
「反応がわかりやすいわ……!」
ミギネジは、満足する間もなく、反応後のどろどろぺしゃんこの悪キャラを慣れた手つきで回収して立ち去った。
業務用アセトン入り除光液1本、1,750円。常備していた30本は使いきった気がするので、5万2,500円分。思ったより、お金がかかってしまった。悪キャラ(発泡スチロール)の再利用で、元は取れるのだろうか……。
いやいや、そんなことよりも洗濯物に煤がつかないで済んだじゃないか!
「明日も、その分働くしかないか……」
こうして、東京都民の平和は守られたのだった。
【今回のミギネジ必殺技データ】
◆必殺技名:「アセトン」
◆分野:化学
◆費用:★☆☆、手間度:★☆☆、危険度:★☆☆
【ミギネジの予備実験室】
《準備するもの》
◎発泡スチロール
◎アセトン入り除光液(おすすめは、アセトン スペースネイル ポリッシュリムーバー 1200ml ※ネットでお買い求めいただけます。)
◎おけ(ボール)
《実験手順》
(1)発泡スチロールをおけの上に並べます。
(2)発泡スチロールにアセトン入り除光液をかけます。
※アセトンの蒸気は吸いすぎないように注意し、換気を行ないながら実験してください。
空気が抜けて、発泡スチロールはどろどろのぺしゃんこになります!!
ぜひみなさんも今回のミギネジ必殺技を試してみてくださいね。
五十嵐美樹(いがらし・みき)
科学のお姉さん。1992年東京都生まれ。
東京大学大学院修士課程及び東京大学大学院科学技術インタープリター養成プログラム修了。
幼いころに虹の実験を見て感動し、科学に興味を持つ。学部在学時に「ミス理系コンテスト」でグランプリを獲得後、「老若男女問わず科学の楽しさを伝えるミス理系女子」として、子どもから大人まで幅広い層に向けた実験教室やサイエンスショーを全国各地で主催、講師を務める。
特技のヒップホップダンスで魅せる「踊るサイエンスショー」は好評を博している。