日焼け止めを使用する女性の約8割が、こんな悩みを抱えているといいます。「絶対に焼きたくない!」のにどうして焼けてしまうのか……。
花王は、7年もの歳月をかけてこの原因を突き止め、新技術を開発。快適なつけ心地を維持しながら、ミクロレベルの塗りムラを防止する世界初の日焼け止め処方を開発しました。
花王が主催する「ビオレUV スキマリスクセミナー」にお邪魔し、「塗っても焼ける原因」についてと、新商品の日焼け止め「ビオレUV」について聞きました。お話ししてくださったのは、商品開発を担当されたスキンケア研究所・主任研究員の福井崇さんです。
苦節7年。塗り心地と高いUV防御力、どちらも追い求めて。
──新商品の「ビオレUV アクアリッチ」は、どんな点が画期的なのですか?
日本国内の紫外線量は長期的に増加しており、過酷化しています。そんな環境下でも、安心して快適に外出していただけるよう、日々、日焼け止めの研究を重ねています。「ビオレUV アクアリッチ」は、ウォーターベース(ジェルタイプ)の「べたつかない快適なつけ心地」と「高いUV防御力」の両立を目指して開発した商品で、世界初の新技術を搭載しているんですよ。
──世界初の新技術!どんな技術なのですか?
ウォーターベースの日焼け止めにおいて生じていたミクロレベルの隙間まで塗りムラを防ぐことができる「ミクロディフェンス処方」です。
日焼け止めを塗っても焼けてしまうのは、塗る量が足りなかったり、汗や水で流れたり、衣服やタオルでこすれたりした際にとれてしまったスキマから紫外線が侵入する「スキマリスク」が主な原因ですが、特にウォーターベースでは、日焼け止めを塗った後、目に見えないくらいの細かいスキマが肌に生じてしまうことが課題でした。
もともと日焼け止めは、オイルをベースに紫外線防御剤を配合し、それが肌を覆うことで日焼けを防いでいるのですが、油はべたつきがありつけ心地が重いため、最近は水をベースとしたつけ心地の良いジェルタイプの日焼け止めが主流となりつつあります。
2010年に当社が発売したウォーターベース(ジェルタイプ)の日焼け止めは、みずみずしいつけ心地と高いUV効果を実現させた製品として大変話題になりました。オイルの中にしか分散できなかったUV防御剤を、水性素材の中に均一に配合させる技術を開発したことで実現できた製品です。
ところが、肌をミクロレベルで観察すると、細かい「ミクロレベルのムラ」ができ、その隙間が日焼けの原因のひとつになっていることが判明したのです。そこで改良を加え、日焼け止め剤にムラなく均一に肌を覆わせることを実現させたのが、今回発売した「ビオレUVアクアリッチ」シリーズの2品と、新シリーズの「アスリズム」のエッセンスです。
独自製法により、水に馴染む親水基と油に馴染む親油基を持った成分(※1)からなる紫外線防御剤をひとつの分子内に内包したカプセルを配合した、世界初の日焼け止め処方です。カプセルの大きさも、ミクロンよりさらに小さいサブミクロンレベルで設計されているんですよ。
※1:ベヘン酸グリセリル、ジステアリン酸ソルビタンを含む両親媒性成分
──「塗りムラがある」という事実は、どのように発見されたのですか?
当時、ウォーターベースの日焼け止めを開発したものの、肌に塗った日焼け止めがどうやって紫外線を防止しているのかは目で見えていませんでした。日焼け止めを塗っても日焼けしてしまう原因を突き止めるためには、とにかく塗膜を観察することから始めなければと、まずは日焼け止めの塗膜を可視化させるための研究が始まりました。
目で見えなかったものが見えるというのは大きな発見で、ジェルタイプの日焼け止めは、O/W型(oil in water)という「水の層」に油のUV吸収剤を入れることで、みずみずしい使用感を可能にしているのですが、肌に塗るとその「水の層」が揮発してしまい、10分の1mm〜100分の1mmというミクロレベルの隙間ができることが分かったのです。これが塗りムラです。
「UV顕微鏡」は、いきなり100%のものができたのではなく、20%、30%、40%と、解析研究所と改良を重ねていきました。地道な作業を繰り返し、日焼けの原因を見つけるまでにおよそ6年の歳月がかかりました。UV顕微鏡は、今なお、より鮮明に見えるようにと、改善活動を続けています。
──「塗りムラ」の原因を突き止めた後「ビオレUVアクアリッチ」が完成するまでの経緯は、どのようなものだったのでしょうか?
ミクロレベルの隙間を埋められそうなアイデアをいろいろと試し、改良を重ねていきました。ターニングポイントとなったのは、他の分野の研究チームが開発した「カプセル技術」を応用したことです。とにかくいろんな技術を試しましたが、これが一番効果的であることが分かりました。
カプセル技術を応用して、独自製法により、水にも油にもなじむ紫外線防御剤を内包したカプセルを調合することに成功しました。そして、このカプセルの大きさを、10,000分の1mmレベルのサイズまで小さくしました。塗りムラの隙間は10分の1mm〜100分の1mmですから、この隙間をムラなく覆うためにはこの大きさまで小さくする必要がありました。サブミクロンレベルのカプセルを作るには独自の製法を開発する必要があったのですが、花王の工場は、化粧品の原料も製造できますから、これらすべてのプロセスは、自社の施設内で実現させました。
──7年かけて開発されたと聞きました。研究期限が設けられている場合もありますが、このプロジェクトに制限はなかったのですか?
もちろん目標は設定していましたが、「いつごろ技術が完成するか」という目処は、なかなか読めないものですね。そもそも、結果が出るかも分からない。「こういう風に作ろう」と最初から設計していたのではなく、「これを作ってみたらどうだろう?」と次々と試していくうちに、新技術に行き着いた、という感じです。
日焼け止めは、奥が深い研究ジャンル。
──そもそもの話になるのですが、「日焼け」のメカニズムを教えてください。
日焼けを起こす紫外線には、UVAとUVBという波長の違うものが存在します。
UVBは波長が短い紫外線で、炎症を起こして赤くなります。一方、UVAは波長が長い紫外線で、肌がダメージを受けてメラニンが活性化し、メラニンが肌の表面に出てくることでゆっくり黒くなるという仕組みです。
日に当たると「赤くなる人」と「黒くなる人」がいますが、これはUVAとUVBが当たった時に、肌の反応の起こりやすさが違うためです。いずれにしても、日焼けによってシミができたり、年単位でシワやたるみにつながったりと、日焼けは肌の老化の原因になります。
日焼け止めに書かれている「SPF」は、赤くなるのをどれだけ防ぐかという指標で、「PA」は黒くなるのを防ぐ指標です。「SPF50+」と「PA++++」は、日本における最高レベル。新商品の「ビオレUV」はこのレベルです。
──では次に、「日焼け止め」のメカニズムについて教えていただけますか。
日焼け止めに応用されるUV防御剤には、紫外線を「吸収する剤」と「散乱させる剤」の2種類があります。紫外線吸収剤は、有機化合物の構造を持っていて、紫外線のエネルギーを吸収することで、紫外線が皮膚にダメージを与えるのを防ぎます。一方、紫外線散乱剤は、一般的に化粧品では酸化亜鉛や酸化チタンが用いられ、紫外線を散乱、反射させることで、紫外線の影響を防ぎます。
紫外線吸収剤に含まれている成分は、「メトキシケイヒ酸オクチル」や「エチルヘキシルトリアゾン」など、化学系の学部出身者でもめったに耳にしない成分ばかり。化粧品などの成分表示に使用している名称と、化学名は異なりますので入社してから学びます。
──「日焼け止めは、技術的に癖がある」と言われているそうですが、それはなぜですか?
日焼け止めに使用してよいと定められている成分が、限定されているからでしょうか。紫外線散乱剤に使用してよい成分にいたっては、2種類しかありません。
それに加え、人気のあるジェルタイプに紫外線散乱剤を入れるには高度な技術が必要です。紫外線吸収剤には固体の吸収剤と液体の吸収剤があり、化粧品に配合する際には固体の吸収剤を液体の油に溶かしてからでないと均一に配合することができません。
また一度溶けたからといっても、安定性を評価した結果、結晶化してしまって商品にならない、といった場合もあります。非常に課題が多いジャンルなので、やればやるほど「こんな可能性もあるんじゃないか?」と新たな課題が見つかり、ゴールがありません。専門性が高く、奥が深い分野だと思います。そこが面白いですね。
毎日、使ってもらえなければ意味がない。
──今回の研究において、こだわったポイントはどこですか?
日焼け止めって、毎日使っていただかないとダメなんですよ。紫外線をしっかり防ぐために必要なものなので。
だから、「つけ心地の良さ」には、徹底的にこだわりました。正直、使用感を度外視すれば、アプローチの方法はいくらでもあるのです。ただ、これだけ感触がよくて軽いつけ心地を維持するとなると、ハードルはぐっと上がります。どこに目標を置くかで、研究の難しさは変わりますね。その裏で、理論値追求も行っていますが、お客さまにとって意味があるかどうかという視点を、常に意識しています。
──お客さまの喜びが、福井さんの喜びにもつながっていますか?
そうですね。実際に使ってもらって、「焼けなかった」という声をいただけると嬉しいです。
研究過程では、お客さまの声をダイレクトにもらう機会があるのですが、やはりこれが非常に重要だと感じています。この機会がなければ、自分の評価とお客さまの評価の間に乖離がでてきてしまうからです。
私たちの研究結果はお客さまが使う商品に反映されるのですから、「自分の感覚は独りよがりではないか?」と振り返るようにしています。
──今回の開発では「他部門・他分野との協業」が大きなターニングポイントとなっていますが、花王では、他分野との協業はよくあるのですか?
機会は多いですね。ただ、離れた場所にいるとスムーズに意思疎通を行うのは難しいです。今回うまくいった要因の一つには、さまざまな分野のメンバーを集めたプロジェクトチームが結成されたことがあると思います。全国各地の研究所から、さまざまな分野のエキスパートが集まって、同じ場所で毎日一緒に研究できるようになりました。
研究開発職に就くために必要な「3つの力」
──研究開発職を目指す方々に、メッセージをいただけますか。
えらそうなことを言える立場ではないですが、研究員に必要な力は、3つあると思っています。一つ目は、「観察力」です。同じ現象を見て、それを課題に感じるかどうかは、研究員によって違うのです。普通の現象だと思って、スルーしてしまうこともあります。細かい変化も見逃さないというのがポイントです。
では、どうしたら、その大事な点を見逃さないのか。それが、二つ目の力・「感受性」だと思います。感受性が豊かでなければ、大事なポイントを見逃してしまいます。他の分野に興味をもったり、街で消費者はどんな行動を取っているのかを観察したり。そうしていると、何かが見つかったときに、「ピン!」と反応できるのです。
最後に、「多様性を大事にする力」です。学生時代は教授から与えられたテーマに没頭することが多いと思いますが、企業では、優れた研究成果をどうやって消費者に届けるかという、大学の研究とは違う「産みの苦しみ」があります。
どんなに優れた研究でも、それを商品に結び付けることは一人では不可能で、チームで目標を達成していく必要があります。研究者は自分の専門に立って論を展開してくことが得意ですが、商品開発の現場では「一つのゴールに向かって、どのようにみんなで一緒にやっていくか」を考えていくと、上手くいきやすい。
あらゆる技術の基盤となる基礎研究を行う方がいる一方、消費者の目線からこういう製品を作りたいと考える企画者がいて、技術的にそれを解決しようとする研究開発者がいる。それぞれの立場の「正解」を相手の目線に立って理解したうえで、協力するとよい製品が生まれる。それが、多様性を活かしたモノづくりということではないでしょうか。
──今後の目標があれば、教えてください!
今回の新製品を完成させて、一つの理想的な日焼け止めを形にできたと思っていますが、商品開発にゴールはありません。日本のお客さまは商品に対する評価基準が洗練されていると感じます。一方で、海外を見渡すと、まだべたっとした重たい使用感の日焼け止めが多く売られています。赤道直下の地域といった、日本以上に過酷な場所はまだまだありますし、日本から、アジアやヨーロッパなど世界中に発信して、一人でも多くの方に使いやすい日焼け止めを届けたいです。
今回お話をうかがった人:福井崇さん
花王株式会社 スキンケア研究所 主任研究員。
大学院では生体分子の分析手法を研究し、前職では主に、ヘアケアの商品開発を行っていた。2006年、花王入社。2007年からスキンケア研究所で日焼け止めの開発研究を担当。社内では「日焼け止め開発の匠」と呼ばれている。海外出張中の楽しみは、ビーチに立ち寄り、日本人との日焼け止め対策の違いを発見すること。
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