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今年も大いに猛威を振るっているスギ花粉。横綱級の花粉症である筆者が、喉から手が出るほど食べたい"コメ"があります。それは農研機構が開発した「スギ花粉米」です。コメを食べることによって花粉症を治してしまおうという夢のようなお話。現在、その実用化に向けた動きが加速しています。

そもそも花粉症とは?

花粉症はいわば免疫システムの暴走状態。ときに大して害のない異物(抗原)にまで過剰に反応してしまうのがアレルギーです。

我々の体に備わる免疫システムでは、さまざまな免疫細胞がはたらいています。主な役者はT細胞とB細部というリンパ球です。

T細胞の中でも「ヘルパーT細胞」は免疫反応の全体をコントロールする“司令官”です。B細胞は、ひとつひとつの抗原に対応した「抗体」をつくる役割を担っています。抗体は抗原を無力化させるための“武器”です。細菌などが侵入した場合は主に「IgG抗体」が抗原に結合。その抗原を記憶し、再び侵入された際には大量の抗体で応戦して感染症を防ぎます。

正常な免疫反応とアレルギー反応の差は、侵入する抗原(アレルゲン)とこれに対応する抗体の違いにあります。花粉を認識してヘルパーT細胞が活性化すると、指令を受けたB細胞は「IgE抗体」を産生します。

先ほどとの違いは、このIgE抗体がさらに「肥満細胞」に結合することです(この状態を「感作」といいます)。そこへ再び花粉が入ると、肥満細胞に結合した抗体が花粉の抗原をキャッチ。すると肥満細胞からヒスタミンなど生理活性物質が放出され、これがくしゃみ、鼻水、鼻づまりといった症状を引き起こすのです。

現在の治療としては、抗ヒスタミン薬などを用いる薬物療法が一般的です。症状がひどい場合には鼻の粘膜を切除したり、鼻水を分泌する腺を刺激する神経を切ったりする手術をすることもあります。

そして唯一の根治的な治療法として期待を集めるのが免疫療法(減感作療法)です。体を徐々に抗原に慣れさせ、花粉に耐性をつけることで、アレルギー反応を起こしにくい体質に変えていくというものです。注射による皮下免疫療法や舌下液による免疫療法があります。

「スギ花粉米」のメカニズムとは?

スギ花粉米も、基本的には免疫療法と同じアプローチです。簡単に言うと「スギ花粉の成分を含んだ米」を食べることで、体に花粉が入ったと錯覚させようというものです。ちなみに、コシヒカリでもササニシキでもコメの銘柄は問いません。

では「スギ」と「イネ」、どうやって異なる植物種のハイブリッドを可能にしているかというと、遺伝子組換え技術です。遺伝子組換えでは、目的とするタンパク質をコードする遺伝子を導入することで、その生物にはない外来のタンパク質でもつくらせることができます。

スギ花粉米は、米粒の中に花粉そのものが入っているわけではなく、スギ花粉として認識されるのに必要な抗原タンパク質の一部が含まれています。

「スギ花粉米」収穫の様子(提供:農研機構)

免疫には、血液中やリンパ液中の免疫細胞による全身免疫とは別に、粘膜上皮組織で感染防御を行う特殊な免疫系があります。舌下療法では舌の下にある粘膜に作用させますが、スギ花粉米が狙うのは「腸」です。

食べ物という異物に日々接する消化管の粘膜は、感染防御の最前線。小腸は広げるとその表面積はテニスコートにも匹敵するといわれますが、それほど広く外界と接している腸は、まさに生体内で最大の免疫装置です。

しかし食物タンパク質にいちいち反応していては栄養吸収の妨げになります。そのため腸管では、食物タンパク質に対して抗体の産生が抑制されるなど、免疫が反応しない仕組み(経口免疫寛容)があると考えられています。

そこで重要になるのが、花粉の抗原タンパク質を腸まで届けることです。精製された抗原タンパク質は胃の消化酵素で分解されるため、腸まで届きません。その点、スギ花粉米は植物体であるイネの中、しかも米粒に抗原タンパク質がつくられるように制御されています。

可食部でなければ意味がないのは当然といえば当然ですが、米粒であることにはもうひとつの利点があります。米粒には「プロテインボディ」(タンパク質顆粒)という、種子にのみ存在するカプセルがあります。

抗原タンパク質はこのカプセルと植物細胞壁の二重のバリアによって、消化酵素や胃酸から守られ、効率よく腸まで届けることができるのです。その安定性から、スギ花粉米は数年間、室温で貯蔵することも可能です。

副作用のリスクは?

しかし花粉症克服のためとはいえ、アレルギーの原因物質をあえて摂取することに抵抗を感じる人もいるでしょう。実際、既存の免疫療法にはリスクが伴います。

皮下注射の場合は、抗原をごく微量から徐々に増やして投与していきますが、天然の花粉抗原エキスを使うためアナフィラキシーショックのリスクが避けられません。舌下療法も天然由来のエキスを使用するため、症状は軽いものの副作用のリスクは排除できません。

そこでスギ花粉米では、天然の抗原そのものではなく、遺伝子組換えによって抗原タンパク質の構造を改変することで「抗原と同じように認識されるが、ショック症状は引き起こさない」絶妙な設計がなされています。

天然のスギの花粉に含まれる抗原は、「Cry j 1」(クリジェイ1)と「Cry j 2」という2種類のタンパク質です。「Cry j」は日本スギの学名Cryptomeria japonica(クリポトメリア ヤポニカ)の略称で、スギ花粉症が国民病というのも納得のネーミングです。

スギ花粉米には、「Cry j 1」と「Cry j 2」それぞれの抗原の、T細胞によって認識される部分(抗原決定基;エピトープ)のうち、主要な7つを連結させた「7Crpペプチド」という“疑似抗原”が含まれています。T細胞には花粉が入ってきたと錯覚させますが、ショック症状の引き金となるスギ花粉に特異的なIgE抗体には結合しないようになっています。

「7Crpペプチド」を安全な抗原として米粒の中に大量に発現させることは、治療期間の短縮にもつながります。皮下注射の場合は、月1回の通院を3〜5年継続しなければなりません。舌下療法は自宅で投与可能で、保険適用によりハードルが下がりましたが、やはり数年単位の治療期間は必要です。

その点、スギ花粉米はこれらの治療法に比べて1万倍以上の大量の抗原投与が可能であるため、この米を食べる期間も短くて済むと期待できます。

臨床研究の結果は?

さて、花粉症の人が最も気になるのは、実際にこの米を食べてスギ花粉症がよくなるのか、そしていつ頃どのような形で手に入る見込みがあるのか、ということかと思います。

スギ花粉症患者において有効性を検証する臨床研究は2013年に初めて実施されました。その後、2016年11月から現在にかけて(2017年春、2018年春のスギ花粉飛散期に合わせた)2期連続の臨床研究が、東京慈恵会医科大学大阪はびきの医療センターで行われています。

これに先駆けた動物における試験では、マウスにおいてスギ花粉に特異的なT細胞の増殖が1/2強に、IgE抗体の生産量は約1/3に低下し、免疫寛容が誘導されることが示されました。

また、安全性についてはマウスとカニクイザルで長期慢性毒性試験が、ラットで生殖・発生毒性試験と遺伝毒性試験が行われ、いずれも問題はありませんでした。さらに、花粉症でない人(健常者)でも摂取による問題がないことが確認されています。

その上で、2013年12月から花粉の飛散期にかけて5ヵ月間(20週間)実施された臨床研究では、スギ花粉症患者を対象に安全性(副作用がないか)、有効性(症状が緩和するか)が調べられました。

30人の被験者を、スギ花粉米を炊飯加工したパック米を食べるグループ、普通の米を食べるグループに半数ずつ分け、それぞれ80グラムを毎日食べてもらい、4週間(約1ヵ月)ごとに経時的な調査が行われました。

「スギ花粉米」を炊いてつくったパック米(提供:農研機構)

くしゃみ、鼻水、鼻づまりといった花粉症特有の症状については、スギ花粉米を食べていたグループで鼻づまり(鼻閉症状)が軽減する傾向がみられました(「鼻閉」は鼻水が詰まっているわけではなく、鼻の粘膜が炎症を起こし、血管が拡張して腫れることで空気の通り道が塞がる状態です)。

また血液検査から免疫細胞の反応やIgE抗体の量なども調べられました。普通の米とスギ花粉米のグループを比較して、スギ花粉米を食べたグループでは、摂取後4〜8週間から花粉の飛散シーズンにかけて、T細胞の増殖が抑制されていました。しかし、IgE抗体の量には有意な差はみられませんでした。

これについて、開発者の1人である農研機構の高野誠さんは

「すでにスギ花粉症を発症している患者さんの体内にはスギ花粉に特異的なT細胞やB細胞、IgE抗体がある程度、蓄積されていることが考えられます。免疫寛容が成立するには時間がかかるので、翌年以降のシーズンに効果が表れることを期待し、2016年からは同じ被験者の方を対象に2期連続で試験を行っています」

とコメント。まさにこの春の結果に注目が集まります。

医薬品か、食品か?

「食べる薬」とも称されるスギ花粉米。医薬品になるのか、それとも食品という扱いになるのでしょうか。

高野さんは「現在の臨床研究で良好な結果が示せれば、農研機構としては素材を提供し、オープンイノベーションで実用化を目指したい」と話します。花粉症の筆者としては商品化に名乗り出る企業が現れることを願うばかりです。医薬品か食品かは最終的に企業の判断に委ねられることになりそうです。

医薬品として認可を目指す場合には、さらに臨床試験の実施が必要となるため、最低でも5年はかかることが予想されます。食品は一般的に医薬品より開発スパンが短いですが、日本では商業的な遺伝子組換え作物の栽培事例がないため、ルールづくりから始めなければなりません。

いずれにしても、商品化を実現するには、一定量のスギ花粉米の安定供給が不可欠となるため、「将来的には研究機関として供給体制の確立に尽力したい」と高野さんは話します。遺伝子組換え作物の利用という点でも、スギ花粉米は新たなページをめくることができるのか、今後の動きから目が離せません。

〈取材協力〉農研機構 生物機能利用研究部門 高野誠氏

⇒気になる農研機構の「スギ花粉米」の情報はこちら

〈参考文献〉
・「経口型アレルギーワクチン“スギ花粉米”の有効性」 https://www.jstage.jst.go.jp/article/stomatopharyngology/30/1/30_5/_pdf
『カラー図解 免疫学の基本がわかる事典』鈴木隆二著 西東社